私を見つけて
なにこの人、なれなれしいな。
きっと前までの私だったらこう思っただろう。
だけど、今は思わなかった。
人と話せることが嬉しくて。
つながれていることが嬉しくて。

「いいよ」

私は教科書に目を通す。
彼がつまずいているのは不等式の証明の問題だ。

a>b、x>yのとき、次の不等式が成り立つことを証明しなさい
ax+by>ay+bx

「うん。これね、大小比較の原則を使って仮定をわかりやすいように変えるの。a-b>0だとして……」

「ちょっと、待ってくれる?」

男の子があわてたように私の言葉をさえぎった。

「ごめん、なに言ってるか全然理解できねーわ、俺」

「え? どこがわかんないの?」

「だから、全部。なに言っているかわかんない」

私は思わず言葉に詰まる。
まだなんに説明していないのに。
これがわからないなんて、教えようがない。

「俺、馬鹿なんだよね」

その人が頭の後ろで手を組んで、体をそらしながら言った。

「そうだね」

「そうだねってなんだよー」

男の子はすねたように言い返した。
その言い方がなんだかおかしくて吹き出してしまう。

「俺、留年しそうなんだよ」

「留年?」

「そ。今度の追試次第で三年になれないかも」

やばいよなぁ、とその人はつぶやくように言った。

「だから、ちょっと真剣に勉強しようと思って図書館に来てみたんだけど」

三年に上がれない、ということは私を同じ年なのか。
私も、三年生にはなれない。
だって、このまま死んじゃうかもしれないし。
意識が戻ったとしても、すぐに学校には戻れないだろう。




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