私を見つけて
小さなノックの音がして、若い看護師さんが入ってきた。
モニターと点滴のチェックをしにきたみたい。

「お母様も体を休めたほうがいいですよ」

看護師さんの言葉にお母さんは「はい」と小さく答えて無理して笑う。

無理して笑わなくたっていいのに。
こんな非常事態にまで笑わなくたっていいのに。

お母さんはいつもそうだ。
どんなときも無理して笑う。
取り繕うんだ。
いい人、いいお母さん、いい奥さん、いいお嫁さん。
私の前でも、立派なお母さんでいようとしている。
私はずるいことなんて一切しませんよ。
私は悪いことなんて一切考えていませんよ。
私は汚い言葉なんて一切使いませんよ。
そんな顔で私にお説教をする。

勉強をしなさい。
ゆりみたいにいい大学にいきなさい。
そんな格好で外を歩かないで、恥ずかしい。
お行儀が悪いと育ちを疑われるのよ。

ずっとそういわれてきた。
それでいて、三者面談なんかじゃ「この子の好きなようにやらせてください」なんてことを平気で言う。
『理解ある母親』だって思われたいんだろうなって思った。

「好きなように」なんて言われても、私には「好きなこと」も「得意なこと」も「やりたいこと」も「誇れること」もないのに。

私がそんなことを考えている間も、ピッピッピ、というモニター音が鳴る病室で少し痩せてしまったお母さんは私の足首をさすってくれていた。
私はいつ目が覚めるかもわからない、目を覚ましてもどうなるかわからないのに。
でも、私はここにいるのに。
どうしてお母さんは気がつかないの?

ふと、窓の外に目を向ける。
いつの間にか、夕方になり始めていて、空の色が暗くなってきていた。
昨日、会ったアキのことを思い出した。
その瞬間、意識がふっと遠のいた。





< 18 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop