私を見つけて
「あ、そっか。a−b>0だから、c+dの符号は正にも負にもなるかもってことか」

何度も同じことをいろいろな言い方で説明し、もう以上の解説はできない、と私がさじを投げようとしたとき、ようやくアキはそう言って何度もうなづいた。

「そう! そうそう!」

「なるほどな」

よかった、と私は安堵の息を吐いた。
ゆるゆると肩から力が抜けていく。

そんな私を見てアキが「ちょっと休憩しよ」といいながら教科書を閉じた。

「そうだね。というか、それ先生である私のせりふだよね。なんでアキがそんなにえらそうなの?」

「まぁまぁ、お気になさらずに」

ひょうひょうとアキは言い、それから窓のほうを見ると、首を伸ばした。

「あー、結構積もってんじゃん。明日、マラソン大会なのに、中止かな」

その言い方がなんだか不満げに聞こえて私は首を傾げた。

「中止になればいいじゃない」

マラソン大会が中止なんて、ものすごくラッキーだと思う。
私の学校では一月だったからもう終わったけど、雨でも雪でもなんでもいいからとにかく中止になって欲しいよね、とみんなで祈っていたことを思い出す。

「なんでだよ?」

アキは不思議そうな顔で私を見た。

「なんでって……。だって、中止になったら走らなくてすむでしょう」

「俺は走りたいの」

アキはきっぱりと言うと、また窓の外に目をやる。
まるで、遠足の前の日の子どもみたい。

「なんで走りたいの? あんなのしんどいだけじゃない」

「しんどいけど、楽しい。走るの好きだし」

「もしかして陸上部?」

「違うよ、サッカー部」

なるほどね、と私は納得してうなづいた。
言われてみれば、そんな感じだ。
図書館じゃなく、芝生の上でボールを追いかけるほうが似合っている。

それにしても。



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