私を見つけて
あーぁ、とちいさくぼやいた瞬間。

私の意識は遠退いて、気がついた時にはあの古い図書館に来ていた。

窓の外を見た私は思わず「わぁ‥‥‥」と声を漏らしていた。
そこに真っ白の雪景色が広がっていたから。

すっかり葉の落ちた目の前の細い木にも、雪が積もって、枝が重たそうにしなっている。
見たところ十五センチは積もっているだろう。
見ているあいだにもはらはらと雪は降り続けていた。
この分じゃ、アキの高校のマラソン大会は中止だったかもしれない。
見慣れない雪景色はいつまでも見ていられそうで、私は窓際に近付くと、しばらく降り積もる雪をながめていた。

「よっ」

元気な声が聞こえて振り向くと、そこには頭や肩に雪を載せたまま笑うアキの姿があった。

「すげー雪でさ」

アキは笑いながら、犬のように頭をプルプルと降って雪を落とす。
アキの頭から、白い雪が床に落ちてゆっくりと溶けていく。

「肩にも」

私が言うと、アキは「あーあー」とおかしそうに笑ってそれもはらった。

「マラソン大会は中止?」

私の問いかけに一瞬、ん?と動きを止めてから、アキは「あったよ」と、答えた。

「八キロ走ってきた」

「八キロー?」

「しかも、俺、学年で三位だった」

目を丸くした私を見てアキは得意気ににかっと笑う。

「楽勝だよ」

すごい、と私は心のなかでつぶやく。
だけど、それを口にするのはなんだか悔しくて、「ふぅん」とだけ答えた。

「疲れてないの?」

八キロも走ったあとで、しかもこんなに雪が降っているのに、わざわざくるなんて。

「んー、ちょっとね。でも、約束したし」

「約束?」

「したじゃん、昨日さ。また明日ねって」

「あぁ」

あんなの。
約束なんてほどのことじゃない。
私だってたまたま来られたのだし。守らなくたってよかったのに。律儀な人だ。

「あぁってなんだよ」

アキはあきれたように吹き出した後、「ったくよ」と小さな声でぼやいて、リュックサックからノートを取り出した。

「昨日の問題、解いてきたから見てよ」

開かれたノートを私は覗き込む。
迷子になったみたいなぐちゃぐちゃの数字の羅列の中に、アキの汚い字で正しい答えがきちんと導き出されていた。


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