私を見つけて
「なぁ」

いくつか問題を解いたあと、アキがふいに顔を上げた。

顔を向けると、アキと目があった。
アキの目はまるで犬みたいに黒くて丸い。

「なに?」

「前から思ってたんだけど」

「うん」

「かばん」

いつも、持ってないよな。

アキの言葉に私は苦笑する。

だって、持てないんだもの、とは言えない。

「あー、かばん? 持ってきてないの」

返却カウンターの方を意味もなく見ながら曖昧に笑うと、アキは眉にシワを寄せた。

「持ってきてない?」

「うん。別に必要ないし」

「それにしたって。携帯とかあるだろ?」

「まぁ、ね」

「財布とかは?」

「近所だから」

「でも」

「まぁいいじゃん。そんなこと」

もうこれ以上は聞かれたくないなと思っていると、アキはそっか、と口を閉じた。

「さくらって謎」

アキは一人言のように小さな声で言う。

そんなアキを横目で見ながら、私はため息をついた。
確かに私は怪しいとおもう。
かばんも持ってないなんて、普通ならありえない。
近所だから、と言ってもこの辺じゃ見たことのない制服を着ているのに。
もっとうまい嘘をつけばよかった。
せっかく話せる相手を見つけたと思ったのに、こんなことじゃいつか幽霊だってことがばれてしまう。

「マラソン大会って、学校のグラウンドを走るの?」

仕方なく、私は話題を変えて、特に知りたいとも興味があるわけでもなかった質問をしてみた。

「ん? あぁ、今日のマラソン大会のこと?」

そう、と私が首を縦に振ると、アキはにっと笑って、ちがうよ、と答えた。

「河川敷きまで行くんだよ」

そのあとに付け加えられた地名を私は知らなかったけれど、あぁあそこね、と話を合わせる。
近所だからと言った手前、そうすることしか出来ない。

「さくらの学校は?」

「あ、うちの学校はね、グラウンドをひたすら走るの」

「へぇ」

なんか目が回りそ、とアキはおかしそうにつぶやく。









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