私を見つけて
「このまま、あなたが目を覚まさなかったら」

ふいにお姉ちゃんが私に話しかけた。
一瞬、私の存在に気がついているのかと思うほど、お姉ちゃんは自然に寝ている私に話しかけてきた。

「私はとても困ってしまうわ」

そこでお姉ちゃんは少しだけ苦笑した。

困ってしまう? 私は首をかしげる。
困ってしまう、という言い方がなんだか不適切な気がしたのだ。
とても悲しいとか、とても残念だとかならわかるけど。
困ってしまう?

「さくらは家族にとって光だもの」

光? 私が?
なんのとりえもないなにもかもが平均で普通の私が?
そんなはずがない。
みんなが期待していて、みんなの希望の光になっているのは、お姉ちゃんのほうだよ。

「私はね、さくらがうらやましいの。いつも明るくてみんなから好かれていて、笑うとぱっと花が咲いたようになるあなたが。私にはないものを持っているあなたが。小さい頃からそうだった。親戚が集まると、あなたはみんなを笑顔にさせていたわ。人懐こくて愛嬌があるあなたの周りにはいつもたくさんの大人たちが集まった。私はそれが本当にうらやましかったのよ。みんなから愛されるあなたが」

お姉ちゃんは、その白く細い指先で私の頬をそっと撫でた。

「あなたがいなくなったら、きっとみんなから笑顔が消えてしまうわ。父さんや母さんや、おじいちゃんやおばあちゃんや、そのほかのたくさんの人からよ。私では無理よ。みんなを笑顔にすることなんてできない。花のようなあなたがいなくなったら、私はどうしたらいいの?」

お姉ちゃんは私の頬から手を離すと、両手で顔を覆った。
手のひらの隙間から、いくつもの涙がこぼれては白いシーツに吸い込まれていった。

『花』

お姉ちゃんが言った言葉の本当の意味。

さくらっていう名前だから、『花』と言ったんだと勝手に思っていたけれど。
もしかしたら私はこうやって、お姉ちゃんのいろんな姿を見過ごしてきたのかもしれない。
知っているつもりになって、お姉ちゃんはこういう人なんだって決め付けて、ちゃんとみてこなかったのかもしれない。

家族って、不思議だ。
生まれたときから当たり前にそばにいて、なんでも知っているはずなのに。
お姉ちゃんのこともお父さんのことも、よく考えてみれば知らないことがたくさんあって。
それなのに、家族っていうだけで知っているつもりで生きていた。
友だちだったり、好きな人だったら知りたいと思って質問することでも、家族というだけでなんだかその過程を省略してしまっていたのかもしれない。
もし、生き返ることができたのなら、今度はきちんと家族を知ることから始めよう。
知っているつもりになって、見過ごすよりも。
もっとたくさん話して、もっとたくさん分かり合うんだ、今度は。

そう思った瞬間、私の意識は遠のいた。


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