私を見つけて
私はどうやらさっきの女の人が運転する車に轢かれたらしい。

あの日の朝、駅までの下り道を歩いていたことは覚えている。
珍しく雪が降っていた。
生まれつき長いまつげの先に雪が乗っているのをうっすらと見ながら、私は子どもみたいに傘もささずに歩いていた。
背中まである長い黒髪が風で乱れるのがいやで何度か顔をしかめたことは覚えている。
朝方から降り出した雪は、二センチくらい積もっていて、めったに雪の降らないこの地域では珍しい光景だった。
これはあとで知った話だけど、その日は県内で三百件の交通事故があったらしい。
慣れない雪道を走行したことによるスリップや追突。
その三百件のうちの一件が私というわけ。

あの人が運転する軽自動車は後ろから突っ込んできたらしい。
意識が途絶える直前に聞いたのは、キキーっという耳障りな音。
そして、暗闇。

目が覚めたというよりも、ぼーっとしていてふと我に返ったという感覚で、気がつけば私はこの病室の丸椅子に座っていた。
ふと目をやれば、ベッドの上には酸素マスクをつけて体中にあらゆる管をつけられた私が横たわっていた。
私は、見覚えのあるサーモンピンクのパジャマを着せられていたけれど、顔の右半分がパンパンに腫れていて、だから最初は似た人かと思った。
しばらく呆然と眺めたあと、体の特徴、例えば髪質や指の形や口元のほくろなんかでこれは自分なんだと気がついた。

人間というのは本当に驚いたらリアクションが取れないものらしい。
実際に私も、そこにいるのが自分だと気づいても、ドラマで女優さんがするみたいに、口元を抑えて後ずさるとか叫ぶとかはしなかった。

ただ、これは私だなぁとぼんやり思った。
今から思えば、頭が混乱しすぎてフリーズ状態になっていたのだと思う。

< 5 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop