百鬼夜行 〜王子と狸と狐とアイツ〜

すると、雅が私を見ながら言った。


「良かったな、詠。

やっとこれで、あのボロいアパートから引っ越し出来るじゃん。」


……!


私は、その言葉にぴくり、と反応した。

遊馬も、雅の言葉に「おー、そうだな。良かったじゃん、佐伯。」と笑う。


……そうだ。

最初、私は早くお金を貯めて、あのおんぼろアパートから引っ越したかった。


芝狸が私を見ながら言う。


『新しいところを借りるのが面倒なら、この事務所に住んでもいいぞ。

家賃はタダじゃからな。』





私は、願っても無い話に瞳を輝かせる。

その時、私の頭にちらり、と“アイツ”の姿がよぎった。


…………。


私は、ふぅ、と息を吐く。

そして、芝狸に向かって答えた。


「ありがとう、芝狸。

…でも、私は当分あのアパートで暮らすよ」


『…!』


芝狸が驚いたような顔をして、遊馬と雅も目を見開いた。

遊馬が、目をぱちぱちさせて私に尋ねる。


「え、いいのか?佐伯。

事務所の方が、広いし、綺麗だし、家具だって揃ってる上に家賃はタダなんだぜ?」


私は、遊馬に向かって頷く。


「うん。……今は、あのアパートがいい。

なんだか、離れがたくって。あそこに住むのにも慣れてきたしね。」


すると、今まで沈黙を貫いていた周くんが、ぼそ、と口を開いた。


「…あのアパートには九条がいるもんね。」


「…っ!」


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