わたしは元婚約者の弟に恋をしました
 車がゆっくりと走り出した。

「自己紹介がまだだったね。僕はこいつの雇い主なんだ」

 やっぱりそうだったのか。

「わたしは浦川ほのかと言います」

「君のことは彼から大まかにだけど聞いているよ。同じ高校の先輩なんだよね」

「はい。そうらしいですね」

 彼の車は大通りから細い道に入った。そして、あの喫茶店の前を通り過ぎた。わたしは電気の落ちたその店を視線で追う。

「昔、岡本さんたちにはお世話になったんだよ。その頃と様変わりしたけど、こうしてお店が残っているのは嬉しいね」

 彼は目を細めた。

 岡本さんというのは、岡本さんのおじいさんおばあさんのことだろうか。

 その車が古ぼけた一軒家の前で止まった。彼は家の前に車を停め、エンジンを切った。

「聖、ついたよ」

 車が走り出してからほとんど話をしなかった彼はぐったりとしていた。

 彼は車から降りると、後部座席の扉を開けた。そして、岡本さんの体を持ち上げた。

 わたしは岡本さんの膝元から足元に落ちた鞄を拾い上げた。

< 124 / 208 >

この作品をシェア

pagetop