わたしは元婚約者の弟に恋をしました
 わたしにとっては親友でも、彼女たちにとってはそうではなかったのだ、と。

 雄太はわたしにとって初めての彼氏だった。男の人と付き合ったことがなかったのは、恋愛に積極的になれなかったし、告白されたこともなかったからだ。

 それが世間ではぶりっ子と称されるものなのかはよくわからなかった。

「そろそろ戻ってくるよ」

 舞香はそう冷たく言い放つ。

「そうだね。あの子、トイレ早いもの」

 わたしはその亜津子の言葉にどきっとして化粧室へと戻るために踵を返した。

 さっきまでの晴れやかな気持ちは消失し、ただ暗い気持ちがわたしを覆い尽くした。

 わたしを悪く言ってるのを聞いたと言い喚き散らせるような性格ならどれほどよかっただろう。だが、わたしにはそんなこと言い出せなかった。今から彼女たちのところに戻り、何事もなかったかのように笑うだろう。

彼女たちと別れるもう少しの間まで。今の時刻は八時半、九時過ぎれば彼女たちと別れることができる。あと少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせた。

 だが、わたしの視界がぼんやりと霞む。ここで泣いては彼女たちに知られてしまう。それが分かっていても、わたしは目からあふれる涙を止めるすべを知らなかった。

 そのとき、わたしの腕が掴まれる。とっさに顔をあげると思わず声をあげそうになった。そこにいたのはあの公園にいた変な男の人だったのだ。
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