イヌオトコ@猫少女(仮)
ねこ少女+犬オトコ=??
笑結はふらつきながら何かから逃げるように走っていた。
先月17才で高2になったばかり。小柄で運動音痴がコンプレックスだった。
薄暗い、どこまでも同じような高さの塀が並ぶ一軒家の住宅街。
どこにいるのか、どこに向かっているのかもわからないまま。
ただただ何かに追われ、逃げていた。
突然足が重くなり、走れなくなった。
空気もひんやりし、だんだん心細くなっていた。
「お嬢さん」
一人の男が声を掛けてきた。妙に甲高い声だ。
ゆっくり振り向いてみたが、外灯もぼんやりで、影しか見えない。
ぞくりとした笑結は、重い足を引き摺るように少しずつ足を
早めたけれど同じ早さで付いてくる。
辛うじて走り出すも追いかけるように付いて来た。
息を切らせながら、逃げる場所も隠れられる場所もなく、
泣きそうになりながら夢中で逃げた。
次の瞬間、その影らしい数人の男の悲鳴とうめき声、
殴るような音が聞こえた。
「えっ…」
恐る恐る、走るのを止めてじわじわと振り向いてみる。
と、突然、眩しい光に照らされて人が立っていた。
逆光でシルエットしか見えない。
手をかざし、ようやく目が慣れよく見ると、前髪を七三分けにした
見知らぬ若い男が、
スーパーマンのまんまの出で立ちで、マントを翻し腰に手を当て立っていた。
足元には付いて来ていたと思われる数人の男が倒れて伸びていた。
顔立ちは整っているのに、
なぜかイケメンと言い難いその男は、
ウインクしてにっこりと微笑むと、
「お嬢さん、もう大丈夫、やで」
「起きなさい笑結ー!遅刻するわよー」
母がカーテンを開けた。眩しいのはそのせいか。
甲高い声の正体は母のようだ。
重かった足元には飼い猫のミィがいた。
ぱかっとベッドで目が覚めた笑結。顔が笑っているのがわかった。
「……変な夢…」
ぼんやりと枕元の目覚まし時計を見る。止まっている。寝坊だった。
「寒っ…」
思わずくしゃみが出た。
大急ぎで制服に着替える。胸元に校章の入った紺のブレザー、白いシャツに緑のリボン。
黒地に細い緑のチェックのスカート。
丈を短めにしている女子もいたが、笑結は至って基本通りだった。
学校指定のベージュのコートに手袋をしていないと凍えそうな冷たい空気だ。
11月に入り、町はもうクリスマスムードになりつつあった。
最近はハロウィンを売り出して、早くなった気がする。
今日は特に朝から風が強くて、吹き抜けると背中まで伸びたサラサラの黒髪が乱れ、
思わず身を縮めた。
女子は一応防寒でインナーを履いてもいいが、スカートなので底冷えする。
「きゃあっ」
通りすがりの通勤女性のスカートがはためき、手で押さえる。
同じくスカートの笑結は、形だけ押さえてみるが本心は大して気にもしない。
誰かに見られるなんて考えたこともなかったし、
見られたところで何がどうということもなかったのだ。
世間で女性たちが、触られたとか撮られたとか騒ぐのも、他人事だった。
勘違いの時もあるだろうに。
本当のときもあるだろう。けれど声も出せないかもしれない。
いずれにしてもイケメンには縁のないことだ。
マンションから歩いて10分ほどのバス停に走る。
静かな住宅地を循環して駅まで走るバスで、片道30分の高校に通っている。
「待って、待って〜」
いつものバスが目の前で発車しようとしていた。
必死で走るが、乗降口付近で寝起きで足がもつれ、
べちゃっ!と豪快に転んでしまった。
「にゃっ!?」
膝を擦りむき何とか立ち上がろうとする。
位置的にバスの脇で、さすがに運転士も見ぬふりもできず、席を立ちかけた。
「いった…」
「…ねこ…」
「えっ」
「あっ、いや、なんも」
背後から来ていた見知らぬ男が、
転んだ拍子に飛んだ通学鞄と校章入りのスポーツバックをさっさと拾い、
笑結をひょいっとお姫様だっこで持ち上げると、一緒にバスに飛び乗った。
「えっ…?えっ??」
突然のことにポカンとする。女子の憧れのお姫様だっこを、
通りすがりの男にされるとは。
と、我に返りだんだん恥ずかしくなる。
「すんません!お待たせしました!」
聞きなれない関西弁で乗客と運転士に謝ると、
目の前に空いていた席に座らせようとしたが慌てて飛び降りる。
「あ、ありがとうございました」
痛む足を擦り、鞄から絆創膏を出すと血の出ている足に貼る。
「ああ、ええよええよ、俺もこのバス乗りたかったし」
次のバスでも遅刻ではなかったが、できればこのバスに乗りたかった。
150㎝の小柄な笑結は、高校生になった頃から視力が弱まっていたが、眼鏡を掛けるのは抵抗があった。
なので、乗客の顔をよく見ているわけでもなかったが、何となく同じ顔ぶれだった。
その男は初めて見る顔だった。が、妙にどこかで見た気がした。
今どき昭和が舞台のドラマでしか見ないような、古びた眼鏡を直す男。20代くらいだろうか。
整髪料も付いていなさそうな短めの髪。
取り立ててお洒落に興味もなさそうな、一見どこといって
特徴もない頼りなさそうな、細身のサラリーマン風の男だ。
濃紺のスーツに黒いロングコート、黒いナイロン製の通勤鞄を斜め掛けしていた。
ふと、掛け直した鞄のサイドポケットから傘が落ちた。使い古された折り畳み傘だ。
雨も降りそうにない青空の下、不自然さに首をかしげる。
「おっと」
慌てて拾うと、大事そうに鞄にしまう。
朝の通勤通学時間は乗客も多い。そしてその中には憧れの先輩、蓮谷友規もいた。
女子同様、紺のブレザーに白いシャツ。男子は緑のネクタイだった。緑の細いチェック柄のズボン。
その制服が過去最高に男子の中で一番似合うと校内での噂は絶えることがなかった。
去年転校してきた蓮谷との唯一の共通点といえば、
同じ吹奏楽部で同じバスに乗るということくらいで、恐らくは近所であろう住所も聞くことも出来ない。
聞いたところでどうすることも出来ない。
何しろその整いすぎた顔立ち、眩しい笑顔は、かつてない騒ぎで、
一日にして校内の女子に囲まれ二日目にはファンクラブができ、
たくましさを売りに護衛隊を買って出る女子も出たほどだ。
テストの度に上位三位以内に名が上がり、スポーツをすれば万能なスーパーアイドルだ。
180の長身で、夏場には半袖から覗く引き締まった腕に校内の男女が見とれた。
それこそ、いつ芸能人事務所からスカウトが来てもおかしくはない。
太刀打ち出来ない相手と諦め、むしろ憧れる草食男子まで出てくる始末だ。
笑結ごとき近付くことすらできない。
なので眺めることしかできないが、密かに目がハートになる。
こんな寒空の下でも爽やかでかっこいい。
他の人間は空いている席に座るか、
適当な位置で立ち止まり、
バスが動いてふらつく前に、つり革や手すりに掴まり落ち着く。
「あっ、どうぞ」
少しして乗ってきた老婆に席を譲る笑結。痛みも治まり、
落ち着いたし、目の前で立っている老婆を無視できる性格ではなかった。
「えっ?いいんですか?」
「どうぞ」
にっこりと微笑む。が、まだ少しふらついて赤くなる。
「だ、大丈夫、です」
「ありがとうね」
「ふーん?」
老婆が座るとやり取りを意外そうに見る。
「あっ、ごめんなさい、せっかく座らせてくれたのに」
「いいや?ええん違うか?」
「発車します、ご注意下さい」
運転士のアナウンスが聞こえた。
母から教わった言葉は、
人様に迷惑を掛けないこと、
困っている人がいたらできるだけ助けてあげること、
ありがとう、ごめんなさいは口に出してはっきり言うこと。
今まで出来る限り守ってきた。
小柄で華奢な笑結はつり革に届かないので手すりに掴まり、
そのまましばらく傘男と隣り合わせで立っていた。
いつも乗った頃にはすでに半分近く乗っていて、駅に近付くほど混んできて身動きがとりにくくなる。
ふと、笑結のローファーに何かが触れた。つま先の破れたスニーカーだった。
「なんだ…」
思わず口にし、ほっとしたのもつかの間、
「いって!!」
「えっ?何!?」
笑結の左側、進行方向寄りにいたいかにもオタクそうな小太りの中年男が悲鳴を上げた。
右側にいた傘男が中年男の足を踏みつけている。
「あれえ?踏んでもうた!すんませんなあ」
先月17才で高2になったばかり。小柄で運動音痴がコンプレックスだった。
薄暗い、どこまでも同じような高さの塀が並ぶ一軒家の住宅街。
どこにいるのか、どこに向かっているのかもわからないまま。
ただただ何かに追われ、逃げていた。
突然足が重くなり、走れなくなった。
空気もひんやりし、だんだん心細くなっていた。
「お嬢さん」
一人の男が声を掛けてきた。妙に甲高い声だ。
ゆっくり振り向いてみたが、外灯もぼんやりで、影しか見えない。
ぞくりとした笑結は、重い足を引き摺るように少しずつ足を
早めたけれど同じ早さで付いてくる。
辛うじて走り出すも追いかけるように付いて来た。
息を切らせながら、逃げる場所も隠れられる場所もなく、
泣きそうになりながら夢中で逃げた。
次の瞬間、その影らしい数人の男の悲鳴とうめき声、
殴るような音が聞こえた。
「えっ…」
恐る恐る、走るのを止めてじわじわと振り向いてみる。
と、突然、眩しい光に照らされて人が立っていた。
逆光でシルエットしか見えない。
手をかざし、ようやく目が慣れよく見ると、前髪を七三分けにした
見知らぬ若い男が、
スーパーマンのまんまの出で立ちで、マントを翻し腰に手を当て立っていた。
足元には付いて来ていたと思われる数人の男が倒れて伸びていた。
顔立ちは整っているのに、
なぜかイケメンと言い難いその男は、
ウインクしてにっこりと微笑むと、
「お嬢さん、もう大丈夫、やで」
「起きなさい笑結ー!遅刻するわよー」
母がカーテンを開けた。眩しいのはそのせいか。
甲高い声の正体は母のようだ。
重かった足元には飼い猫のミィがいた。
ぱかっとベッドで目が覚めた笑結。顔が笑っているのがわかった。
「……変な夢…」
ぼんやりと枕元の目覚まし時計を見る。止まっている。寝坊だった。
「寒っ…」
思わずくしゃみが出た。
大急ぎで制服に着替える。胸元に校章の入った紺のブレザー、白いシャツに緑のリボン。
黒地に細い緑のチェックのスカート。
丈を短めにしている女子もいたが、笑結は至って基本通りだった。
学校指定のベージュのコートに手袋をしていないと凍えそうな冷たい空気だ。
11月に入り、町はもうクリスマスムードになりつつあった。
最近はハロウィンを売り出して、早くなった気がする。
今日は特に朝から風が強くて、吹き抜けると背中まで伸びたサラサラの黒髪が乱れ、
思わず身を縮めた。
女子は一応防寒でインナーを履いてもいいが、スカートなので底冷えする。
「きゃあっ」
通りすがりの通勤女性のスカートがはためき、手で押さえる。
同じくスカートの笑結は、形だけ押さえてみるが本心は大して気にもしない。
誰かに見られるなんて考えたこともなかったし、
見られたところで何がどうということもなかったのだ。
世間で女性たちが、触られたとか撮られたとか騒ぐのも、他人事だった。
勘違いの時もあるだろうに。
本当のときもあるだろう。けれど声も出せないかもしれない。
いずれにしてもイケメンには縁のないことだ。
マンションから歩いて10分ほどのバス停に走る。
静かな住宅地を循環して駅まで走るバスで、片道30分の高校に通っている。
「待って、待って〜」
いつものバスが目の前で発車しようとしていた。
必死で走るが、乗降口付近で寝起きで足がもつれ、
べちゃっ!と豪快に転んでしまった。
「にゃっ!?」
膝を擦りむき何とか立ち上がろうとする。
位置的にバスの脇で、さすがに運転士も見ぬふりもできず、席を立ちかけた。
「いった…」
「…ねこ…」
「えっ」
「あっ、いや、なんも」
背後から来ていた見知らぬ男が、
転んだ拍子に飛んだ通学鞄と校章入りのスポーツバックをさっさと拾い、
笑結をひょいっとお姫様だっこで持ち上げると、一緒にバスに飛び乗った。
「えっ…?えっ??」
突然のことにポカンとする。女子の憧れのお姫様だっこを、
通りすがりの男にされるとは。
と、我に返りだんだん恥ずかしくなる。
「すんません!お待たせしました!」
聞きなれない関西弁で乗客と運転士に謝ると、
目の前に空いていた席に座らせようとしたが慌てて飛び降りる。
「あ、ありがとうございました」
痛む足を擦り、鞄から絆創膏を出すと血の出ている足に貼る。
「ああ、ええよええよ、俺もこのバス乗りたかったし」
次のバスでも遅刻ではなかったが、できればこのバスに乗りたかった。
150㎝の小柄な笑結は、高校生になった頃から視力が弱まっていたが、眼鏡を掛けるのは抵抗があった。
なので、乗客の顔をよく見ているわけでもなかったが、何となく同じ顔ぶれだった。
その男は初めて見る顔だった。が、妙にどこかで見た気がした。
今どき昭和が舞台のドラマでしか見ないような、古びた眼鏡を直す男。20代くらいだろうか。
整髪料も付いていなさそうな短めの髪。
取り立ててお洒落に興味もなさそうな、一見どこといって
特徴もない頼りなさそうな、細身のサラリーマン風の男だ。
濃紺のスーツに黒いロングコート、黒いナイロン製の通勤鞄を斜め掛けしていた。
ふと、掛け直した鞄のサイドポケットから傘が落ちた。使い古された折り畳み傘だ。
雨も降りそうにない青空の下、不自然さに首をかしげる。
「おっと」
慌てて拾うと、大事そうに鞄にしまう。
朝の通勤通学時間は乗客も多い。そしてその中には憧れの先輩、蓮谷友規もいた。
女子同様、紺のブレザーに白いシャツ。男子は緑のネクタイだった。緑の細いチェック柄のズボン。
その制服が過去最高に男子の中で一番似合うと校内での噂は絶えることがなかった。
去年転校してきた蓮谷との唯一の共通点といえば、
同じ吹奏楽部で同じバスに乗るということくらいで、恐らくは近所であろう住所も聞くことも出来ない。
聞いたところでどうすることも出来ない。
何しろその整いすぎた顔立ち、眩しい笑顔は、かつてない騒ぎで、
一日にして校内の女子に囲まれ二日目にはファンクラブができ、
たくましさを売りに護衛隊を買って出る女子も出たほどだ。
テストの度に上位三位以内に名が上がり、スポーツをすれば万能なスーパーアイドルだ。
180の長身で、夏場には半袖から覗く引き締まった腕に校内の男女が見とれた。
それこそ、いつ芸能人事務所からスカウトが来てもおかしくはない。
太刀打ち出来ない相手と諦め、むしろ憧れる草食男子まで出てくる始末だ。
笑結ごとき近付くことすらできない。
なので眺めることしかできないが、密かに目がハートになる。
こんな寒空の下でも爽やかでかっこいい。
他の人間は空いている席に座るか、
適当な位置で立ち止まり、
バスが動いてふらつく前に、つり革や手すりに掴まり落ち着く。
「あっ、どうぞ」
少しして乗ってきた老婆に席を譲る笑結。痛みも治まり、
落ち着いたし、目の前で立っている老婆を無視できる性格ではなかった。
「えっ?いいんですか?」
「どうぞ」
にっこりと微笑む。が、まだ少しふらついて赤くなる。
「だ、大丈夫、です」
「ありがとうね」
「ふーん?」
老婆が座るとやり取りを意外そうに見る。
「あっ、ごめんなさい、せっかく座らせてくれたのに」
「いいや?ええん違うか?」
「発車します、ご注意下さい」
運転士のアナウンスが聞こえた。
母から教わった言葉は、
人様に迷惑を掛けないこと、
困っている人がいたらできるだけ助けてあげること、
ありがとう、ごめんなさいは口に出してはっきり言うこと。
今まで出来る限り守ってきた。
小柄で華奢な笑結はつり革に届かないので手すりに掴まり、
そのまましばらく傘男と隣り合わせで立っていた。
いつも乗った頃にはすでに半分近く乗っていて、駅に近付くほど混んできて身動きがとりにくくなる。
ふと、笑結のローファーに何かが触れた。つま先の破れたスニーカーだった。
「なんだ…」
思わず口にし、ほっとしたのもつかの間、
「いって!!」
「えっ?何!?」
笑結の左側、進行方向寄りにいたいかにもオタクそうな小太りの中年男が悲鳴を上げた。
右側にいた傘男が中年男の足を踏みつけている。
「あれえ?踏んでもうた!すんませんなあ」
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