イヌオトコ@猫少女(仮)
放課後、部活をサボった三人はこっそりと裏口から出た。


笑結は吹奏楽部で一日くらいなら何とかなるが、他の二人は試合もあり、


無断で欠席するなどあり得なかった。最悪試合に出られないかも知れない。


「大丈夫なの?こんなことして」


心配になる笑結。


「まあ、なるようになるさ、こういうのも今しか出来ん!」


「お前ら、何してんねん」

「えっ」


植え込みに隠れるように屈んで歩いていた三人。


目の前に足が見え、顔を上げると葦海が仁王立ちしていた。


「ここで会ったが百年目、まさか部活サボるつもりやないよな?」


竹箒を片手に、ジャージに着替えていた葦海。


「せっ、せんせーこそ、こんな所でなにを!?」


あからさまに動揺する逢と笑結。

悠は初対面だが、こいつか、と思った。


「事務室の前通ったら、事務員のおっちゃんが腰いわしたって

動かれへんから、
代わりに裏庭掃除引き受けたんや。まさかここで会うとはな」


運がないのかあるのか。

片付けられた枯れ葉がゴミ袋に入れてあった。


「行けよ、部活」


立てた箒を押さえた両手に顎をのせ、


「試合、あんねやろ?頑張れよ」


やや厳しい口調で諭され、ムムム、となる。出鼻をくじかれ、しぶしぶ諦める。


逢も悠もさすがに、ここを乗り越える勇気はないようだ。


「いい奴じゃないか?もしかして」

教員を捕まえて、悪い奴もないものだが、話にしか聞いていなかった悠は

少し印象が変わったようだ。


昔なら竹刀を持った体育教師が、逸れようとする道を正すために

叱咤するのが当たり前だったが、


今はストレスを発散させる体罰で振りかざすこともある。


何なら今どきの若い教員なら、素行の悪い生徒に関わりたくなくて
見て見ぬふりをするかもしれない。


「盗撮犯も捕まえてくれたんだろう?いい奴じゃないか」


改めて第三者から言われると胸が痛む笑結。


「だって、からかわれたし、ちゅうされたし、ファーストキスだよ!?

どっちが痴漢なんだか」


ふて腐れるが、意図してされたキスではない。


「えっ!?そこは初耳だぞ?」


驚く悠。庇おうとした目が戻りかける。


「あれ?そうだっけ」

「お主らはどうも、肝心なところが抜けておる。もういい」

「ごめん」


疎外感を覚えていた悠も、ため息をつき、仕方ない奴らだと諦める。


「とりあえず部活に向かうとするか」

「うん、じゃあまた」


二手に別れ、とぼとぼと部活に向かう。



吹奏楽部は本館の教室のある建物とは別で、

裏庭を挟んだ別館の、第二音楽室で練習していた。


第一音楽室は授業用兼、楽器の収納棚があり、グランドピアノもある。


先にきた一年が、楽器を組み立て、準備を始めている。


笑結はクラリネット担当だ。
細かいパーツに分けてケースに入っている。


長さがあり、キーも多いので、背の低い者、手の小さい者は若干扱いにくい。


けれど比較的、初心者向けといえるだろう。


肺活量もいるが、独特の音色が心地よく、上手く吹けるようになればハマる。



「来たんか、ミケ子」


声にピクリとなる。振り向くと葦海が入り口に立っていた。


他の生徒はもう第二音楽室で音程の調整をしていた。


「もう、サボろうなんて思うなよ」

改めて二人きりになると妙に緊張する。

振り向くことなく自分の楽器を出し、用意を始める笑結。

「寂しいやんけ。おちょくる相手おれへんと」

「は、早く、教室に行った方がいいですよ。みんな待ってますから」

「その前に、部備品の確認、しとこうと思ってな」

散々時間はあったはずなのに、何で今?!
と思いながら、

スチール棚に楽譜や書類の他、楽器に使う予備の部品が収められていた。

「俺がおったら嫌なんか」

「お、落ち着きませんね。か、彼女さん、いるんでしょう?誰彼なく絡むの、よくないですよ」

なぜそんな言葉が出たのか、わからなかった。

クラスの男子ともとくに親しいわけもなく、異性に免疫のない笑結は、
さっき言葉にしてしまったキスのことを思い出してしまい、どうしていいのかわからなくなっていた。

とにかく無視。相手にしなければいい。

それで精一杯だった。

蓮谷が彼氏だったら、
他の女子と話をするのも、挨拶さえも嫌だろう。

好きな気持ちは止められない、好きになるのは自由だと、
歌詞やドラマで見るけれど、

自分が、
取られた側の気持ちには、なれないのだろうかと思うことはあった。

いじわるや、人が嫌がることをしてはいけないとも、母から教わった。


「へへん、そんなもん、おれへんわ。ざ〜んね〜んで〜した」

そばで備品の場所と在庫を確認しながら。

「ふ、ふーん?そうでしょうね」

なぜか、自分で刺したトゲが抜けた気がした。

葦海がにやにやして振り向く。

「あれぇ??ミケ子の癖に、俺のことおちょくろうと思ったん違うんか?あれ?ひょっとして、ホッとしてる!?」

妙に嬉しそうだ。

「だ、誰が!?なんで!?」

「あ、ムキになった。かわい」

くくく、と笑う。

「そんなわけないわなあ、ミケ子は先輩一筋やもんなあ」

「あっ、先輩…」

呼びにきた同じクラリネットの鳶川が入りかけて止まる。

上手くはまっていなかった笑結のリードが、かしゃん、と落ちた。
口にあてるマウスピースの、葦製のパーツだ。

「あっ…」

先に拾われ、

「代えたるわ。ぼろぼろやん。こんなんじゃ、ええ音出されへんで」

消耗品で、使ううちに割けたりささくれたりする。

担当の先輩や顧問に言えば代えてもらえたが、笑結はなかなか言い出せなかった。

「ほれ」

古いのをゴミ箱に放り込み、棚から箱を出して中身を手渡される。
「あ、ありがとう…ございます」

「で?どうすんねや?」

箱を閉め、棚に仕舞いながら、

「な、なにが、ですか?」

「デート、すんねやろ?あいつと、えーと、はす」
「い、いま、そんな話、しなくても!」

誰かに聞かれたら!と、慌てる。
自分ごときが、ただの一度でもデートしてもらえるなんて。

「せんせー?準備できましたよ?」

「千里くん」
「せんり?」
「あっ、従兄弟の、千里奏くんです」
「どうも」

葦海を探しに来た千里に見つかりそうになって慌てて教室に向かう鳶川。

部屋の入り口に頭が付きそうなほど背の高い千里は、切れ長の目で葦海を見下ろす。

長めの髪を後ろで束ねた、歌舞伎役者にでもいそうな整った顔立ち。
まさに美形、という言葉が当てはまる。

京都から来て男子寮に入っているので、部活しか一緒にはならなかった。
千里は花形のトランペットだ。

「あー、今行く」

「何してたんです?」

鳶川の様子で何かあったと察した千里は、葦海を睨み付ける。

「何って、別に」

「笑結に何かしはったら、許しませんよ?」

京都訛りで冷たく言い放つ。
ふと、眉をひそめるが、

「おーこわ!なんや大変やな、ミケ子も」

肩を竦めてみせ、部屋を出る。

「気安く呼ばないでくださいね」

勢いと成り行きでこんなことになってしまったが、
本当は遠くから眺めているだけで幸せだった。

今謝って、聞かなかったことにしてほしかった。

けれど、すぐそこにいるのに、
周りに人もいて、
メールでそれをするのも、失礼だと。

パニックに陥っていた。



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