華麗なる人生に暗雲があったりなかったり
こいつのことなんて、好きじゃない。
それなのに、知られたくない。
軽蔑されたくない。
そう思っている。
そもそも水野となんか付き合っていない。
そういえば済む話なのに、言えない。
こんな薄っぺらい偽彼氏の立場を俺は死守したがっているのだ。
嫌な沈黙が支配する。
誰もが俺と水野を交互に見ていたのだろう。
引っかかれた背中が、いまさら痛んだ。
その沈黙を破ったのは、水野だった。
「た、橘君!ち、違うよ。これ榊田君のお姉さんだよ!」
おなかを押さえて、息も絶え絶えだ。
まさに迫真の演技。
それを皮切りに、上原や広也も、みんな一斉に携帯めがけて集まって行った。
「本当だ。明美さんじゃないか。明美さん酒癖悪いからな、介抱してたのか。何っていう羨ましいことなんだ!!」
広也は姉貴と面識があるから、写真の女が違うことなんてすぐわかる。
「さすがは、俊の姉さんだな。ゴージャス!というか、これ浮気を疑われても仕方がないくらい密着してないか」
「明美さんは、俊のこと溺愛してんだ。これが姉弟のスキンシップ。本当に代わって欲しい!!」
さっきまでの居た堪れない沈黙が嘘のように笑い声が支配した。
本当にこいつらは、こういうとこだけそっくりだ。
場の雰囲気をすぐに変えてしまう。
その演技力も大したもの。
最低な取り柄だ。
俺は汗が引いて冷え切った身体で立ち上がり、その携帯を取り上げる。
別れ際、首に絡み付いてきたところで撮られていた。
上手い具合に趣味の悪い看板も入っていて、将来カメラマンにでもなる気かと、くだらないことを考えた。
吐き気がする。
気持ち悪い。
俺は、その画面を叩き割り、橘に放り投げた。
「古いから、丁度買い替え時だろ?」
液晶画面がひび割れ何も映し出されない携帯が橘の頭に当たる。
侮蔑を込め一瞥し、俺は帰ろうと歩き出した。