華麗なる人生に暗雲があったりなかったり
鼻先が触れ合う寸前。
手に生暖かい感触が伝った。
涙だと認識すると同時に、
「……じ、ん、くん」
水野はひっく、ひっくと嗚咽を小さくこぼしながら、頬に置いた俺の手を強く握り締めた。
突如襲った嫌悪感から乱暴に手を振りほどき、ベッドから立ち上がった。
本当にこの女は。
どこまでも、俺に屈辱を与える。
仁と勘違いして、甘えられるなんて。
本当に、本当に最悪だ。
どうして、そんな当たり前のことに気づかなかったのだろう。
俺だとわかっていて甘えていると心のどこかで思っているなんて。
仁の膝枕で頭を撫でられながら寝ていたと、話していたではないか。
いつだってこいつは、仁に触れられると、それは嬉しそうに擦り寄っていたではないか。
俺に触れられるのは嫌だと言っていたではないか。
こういう女なのだ。
こいつは、こういう女なんだ。
自分の髪を強く握り締めながら、感情を沈めようと深呼吸をする。
好かれていないのに、それでも想ってしまう。
最悪な女だとわかっていながらも、強く想ってしまう。
このまま力ずくで物にしたらどうなるだろうか。
仁と勘違いしたまま、素直に抱かれるだろうか。
それとも、俺だと気づき、泣き叫ぶのだろうか。
このまま変わらずの関係なら、一層自分の物にしてしまえば、大人しく俺と付き合うのではないか。
薄汚い欲望が腹の中で蠢く。
それに支配されないように、思いっきり顔を叩いてから水野に目を向ける。
お前な、自分がやってることわかってるか?
仁に思わせぶりな態度を取られて泣いたのに、それ以上のことを俺にやってるんだぞ?
そのことにお前は気づいてるか?
仁を想い泣き続ける水野を見ていると、劣情に支配されてしまいそうで逃げるように部屋から出た。
そして、客用の布団を台所の前に引いて俺は寝るのだ。
すでに深夜一時過ぎ。
こうして、俺の長い一日は幕を閉じた。