華麗なる人生に暗雲があったりなかったり
「ちょっと、夕食取ってきなさいよ。小夜と看てるから」
上原の言葉に何も返さず、壁に寄りかかって水野が目覚めるのをひたすら待った。
今、口を開いたら上原たちを怒鳴ってしまう。
怒りを感じながらも、思考をめぐらせていた。
水野の目を覚まさせないと。
何としても、水野が目の色を取り戻さないと。
今の透明な何も映さないままの目でいたら、同じことをする。
今、取り戻させないと、手遅れになる。
何としてでも。
時間は単調に過ぎていった。
瀬戸が気を利かせて、夕飯を持ってきたが食欲がなく手をつけなかった。
「小春ちゃん!」
布団の前で水野の額を拭いていた瀬戸が大きな声をあげる。
水野が身体を起こし、その頭が俺の視界に入った。
その途端、勝手に足が動いた。
瀬戸の声がするが、何を言っているかはわからない。
水野しか見えなかった。
そして、水野と目が合った。
抜け殻みたいな目だ。
輝きなんてない。
俺のことも風景の一部としてしか捉えていない。
憤りから、奥歯を思いっきりかみ締める。
そして。
怒りのまま水野の頬を叩いた。
力任せだったから、破裂音が大きく響いた。
みるみる水野の左頬は赤くなった。
相当、痛いはずだ。
だが。
それでも、水野の目は変わらない。
怒るという感情さえ欠落している。
旅行前より、ひどくなっている。
もう何もかもどうでもいいと思っているのかもしれない。
最初は怒りを抑えこみ話していたが。
水野の態度やものの言いように、怒りがふつふつ湧き上がってきた。
我慢できなかった。