華麗なる人生に暗雲があったりなかったり



 とにかく、家に着いておばさんの夕飯作りの手伝いをしていると、



「小春!」



 と浮かれた中年親父の声がした。


 水野の父親だな。


 おばさんに聞かずともわかった。



「確実に睨むだろうけど気にしないでね。まぁ、俊君が一睨みすればすぐに黙るわ」



 そう言われても、睨み返すわけにいかないだろう。


 水野の父親相手に、印象を悪くすることはできない。


 とにかく、おじさんを迎えるためタオルで手を拭き、玄関に向かう。


 おばさんの言う通り、おじさんに睨まれた。


 とりあえず、礼儀正しく、微笑んだが効果なし。


 敵と判断された。


 娘溺愛の父親だ。


 仕方あるまい。


 もう夕食時にはこの状況にも慣れたし、夕食もうまかった。


 食後の茶菓子もまたうまい。


 俺はご満悦だったが、おじさんは挙動不審だった。


 俺がいては邪魔だと思い、菓子を持って部屋に行こうとしたら、おばさんが止めた。



「この人は小春に『辛いことがあったらいつでも戻ってきなさい』って言いたいだけだから」


 
 水野の様子がおかしいことは、当然両親にもすぐわかったようだ。


 実家に戻る?


 冗談じゃない。


 だが、水野はきっぱり言い切った。


 戻らないと。


 東京には仁がいるから戻らないと。


 その言葉に俺は安心どころか愕然とした。


 まさか、諦めてないのか。


 ただの恋人同士ならチャンスがあるかもしれない。


 でも結婚の約束をしている二人に割り込むつもりか。


 馬鹿が。


 どうして諦めない。


 まだ粘るつもりか。


 まだ仁しか見ないつもりか。


 どこまで追いかければ気が済むんだ。


 往生際が悪いにも程がある。


 何が何でも希望に縋ろうという水野が哀れでならなかった。


 どうして可能性がないことに挑もうとするんだ。


 違うほうに、俺に目を向けてくれると思ったのに。


 いつになったら諦めるんだ。


 水野のことが理解できない。



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