華麗なる人生に暗雲があったりなかったり




 水野は佳苗とも普通に話をしている。


 笑いながら。


 驚きだ。


 逆に、水野は俺と佳苗が仲良く話しているのに驚いていた。



「榊田君が女の人を名前で呼ぶの、はじめて聞いた」



 俺たちを交互に興味深げに見比べた。



「そうだ。人の女を名前で呼ぶなんて無礼にもほどがある」



 背広に着替えた仁がネクタイを締めながら会話に入り込んできた。



「佳苗がそう呼べって言ったんだ。お前の指図に従うわけないだろ」


 お互い睨みあう。


 それに、さらに驚いた顔を水野はした。



「二人とも仲悪いの?榊田君は、口は悪いけど良い人だよ。仁くん、許してあげて」



「おい。何で俺に非があるみたいな言い方なんだ?」



 すかさず抗議した。



「えっ?榊田君、誰構わず、笑えないことばかり言うじゃない?違うの?」


 さも当然のように返される。



「そうか、こいつは良い人なのか。小春は良いお友達がいて良かったな。榊田。これからも小春の良い友達でいてくれな?」



 仁は爽やかに俺に微笑んだ。


 その爽やかさの裏にある、どす黒さが滲み出てて隠しようがなかったが。


 ただの良い人か。


 水野にまでそう言われると、わかっているのにため息を吐きたくなる。


 仁は無視だ。


 こいつの性悪は筋金入りだ。



「仁くん。ネクタイの締め方が違うよ」



 水野は仁のネクタイを解いた。



「このタイプのネクタイは柄を良く見せるにはね」



 そう言いながら、水野はワイシャツの襟を立てて、結びなおす。


 水野が一度だけ、目を伏せた。


 毎日こうやって仁のネクタイを結んでやりたかったのだろう。


 きっと、これが最初で最後。


 水野は仁と佳苗の結婚を認め、応援してる。


 佳苗に料理を伝授したのは仁を諦めたからだ。



「はい。これで良し!後は仁くん次第。仁くん、危なっかしいから心配だな」



 水野は口元を押さえながら冗談めかしに笑った。



「小春サン。あなたに言われたくないですよ」



 仁も同じように笑う。



「佳苗さんのご両親、仁くん気に入ってくれますか?大丈夫ですか?」



 水野は心配そうに佳苗に目を向けた。



「そ、それは勿論です。ええ。嫁に貰ってくれる人がいてありがたいとか申し訳ないとか言ってます!」



 佳苗は握りこぶしをつくり、力説した。


 そこは力説するところじゃないような気がするが。


 でも、水野は安心したように笑った。


 一点曇りもない笑顔で。


 そんな水野の頭を仁は撫でる。


 ふわりと笑う水野。


 馬鹿馬鹿しい。


 俺は寝転がった。



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