華麗なる人生に暗雲があったりなかったり
「一目惚れじゃない。というか、お前まで野次馬根性だすな」
広也と上原の影響をこの一年で存分に受けたらしい瀬戸は、わざとらしいほど綺麗な笑みを浮かべた。
「それなら、何でだ?実を言えば、俺も前々から聞いてみたかった。小春ちゃんの何が特別感を出してるのか。ここで話しておけば、俺たちは全面的に協力するぞ」
「あんたが話してくれれば小春のこと逐一報告してあげても良いわよ」
「小春ちゃんと二人きりになれるように協力もするわ。教えてくれればね」
三人は人の悪い笑みを浮かべて俺を見た。
正直、こいつらの協力があればチャンスは増えるのは確実。
水野に執着する理由?
水野が特別な理由は、とにかく何をしても可愛く思えるとか、ほっとけないとか。
いろいろある。
だが、そう思えるのは……
俺に三人が注目する中、一口茶をすする。
そして口を開いた。
「あいつといるとマイナスイオンを感じるんだ」
特にあいつが笑っていると、心地良い。
こんな風に思えるのは水野だけだ。
三人から言葉が返ってこなかった。
数秒間沈黙が続く。
あれだけやかましいやつらがどうしたのだろうか。
訝しげに三人を順番に見る。
固まって動かない。
石像が三体に囲まれているような感覚だ。
「ぷっ……マ、マイナス、イ、イオン、って。可愛い」
瀬戸の堪えきれない笑い声を皮切りに、笑いが沸き起こる。
沈黙の反動は凄まじかった。
「マ、マ、マ、マイナスイオン!?さ、さ、榊田。あ、あんた!!あひゃひゃひゃ!!」
「し、俊!!お前というやつは……マ、マ、マイナスイオンだって!?ぐひゃひゃひゃ!!」
上原は机を思いっきり叩き、広也は腹を捩り蹲った。
何とも奇妙な笑い声が響き渡った。
どんな笑い方だ。
もっと上品に笑えよ。
わけのわからない笑い声で、周りからも注目を浴びる。
恥ずかしいやつらだ。
しかし、俺も恥ずかしい。
恥ずかしいことを言った自覚がいまさら芽生えた。
こいつらの盛大な笑い声で。
言わなきゃ良かった。
思ったままに言ったのはマズかった。
マイナスイオンなんて馬鹿げてる。
「ご、ごめんなさい。笑うつもりはなかったの。あ、あまりに予想外で」
瀬戸は口元を押さえて、必死に謝った。
まだ顔がにやけている。
「あ、あんた。脳内を相当小春に侵されてるわね。マ、マイナスイオンって」
上原は机をバンバン叩いて笑った後に、目にたまった涙を拭った。
こいつらの笑いように、むっとしつつ、馬鹿げた発言を弁明した。
「第一、あいつに惚れたって不思議はないだろ。しっかり者だし、料理も上手い」
あいつは俺が傍にいなければ、そこそこモテるから、珍獣扱いされるいわれはない。
「それはとってつけた理由だろ。そんな女の子はどこにでもいる。マイナスイオンか!俊!お前なかなか可愛いな」
訳知り顔で広也は頷く。
恋は盲目という言葉を水野と出会って理解した。
まさにそうだ。
何気ない仕草を可愛く感じるし、自然に笑ってしまったり、優しくしてしまう。
まったく、未知の体験だ。
遅い初恋に日々頭を悩ませている。
水野に振り回されている。
マイナスイオンなんていう発想が出たのは水野のせいだ。
「おい。お前らそろそろ授業だろ」
普段と変らない口調で言い、とっとと、席を立つ。
俺はこの微笑ましいものを見るような目線から一刻も離れたかった。
絶対、このネタで一生からかい続けられる。
それを思うと今すぐマイナスイオンを浴びて、癒されたくなった。