ピュア・ラブ
橘君を拒否してどれくらいの日が過ぎたのだろう。寒い季節が通り過ぎ、また桜の咲く季節がやってきた。
橘君は何度かアパートにも訪ねて来てくれた。でも当然だけど、居留守を使った。
携帯には拒否していても、履歴が表示され、連絡をくれていたことも分かった。
だけどそれも過ぎると、音沙汰は無くなった。

「そんなものよ、人なんて」

と、以前のような、人に対する投げやりな思いも復活する。それでいい。私が、楽しいことをすると、良い人達が不幸になる。
朝はいつものように天気予報を確認する。

「今日も晴れ。モモ、いってきます」

モモの湿った鼻にキスをして、仕事に出かけた。
仕事は良かった。流れてくる代わり映えのない商品をただひたすら処理していく。何も考えることもなく淡々と。橘君の事がよぎると、必死になって見たテレビ番組を思い出して、モモは何をしているのかと考えた。
そう簡単に消せる人ではなくなっていた。それが私を苦しめた。

「いやな感じの天気だわ」

仕事が終わって自転車を乗るとき、空の雲行きが怪しかった。天気予報で雨の予報は出ていなかった。急いで帰れば雨が降る前に家に着くだろう。そう思いながら自転車を漕いだ。
嫌な事は続くもので、職場を出てすぐに何かを踏んだようで自転車がパンクしてしまった。

「もう、どうして」

パンクはどうにもならない。
嘆いていても仕方なく、自転車を降りて押すことにした。此処から一番近い自転車修理は、あのホームセンターだ。この自転車もそこで買った。少し歩くけれど、通勤に使っているし、修理は必要だ。
ホームセンターに向かっているときに、もう雨が降り出してきてしまった。

「だめだわ、このまま帰った方がいいみたい」

通勤に使っているとは言っても、会社がある工業地帯は、バス亭も沢山ある。修理をするまでバスを使えばいいのだ。
進行方向をアパートに変え、早歩きで自転車を押した。
雨は酷くなる一方で、止む気配は全くない。
温かくなって来たとはいえ、雨に濡れ寒さが堪える。
服よりも髪の毛がどんどん濡れて、しずくとなって落ちる。

「黒川? どうしたの!」

顔に雨がかからないよう下を向きっぱなしで歩いていると、懐かしい声が聞こえた。

「橘君」
「自転車パンクしたのか。これさして、早く」

橘君がさしていた傘を差し出され、素直に受け取る。
自転車は橘君がもって押してくれた。
橘君も濡れないようにと傘を斜めにする。
橘君は私服だったが診察の日じゃなかっただろうか、傍に自転車はなかった。何か用事で出ていたのだろう。
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