ピュア・ラブ
そこまで話したところで、ちょうどアパートに着いた。
橘君が自転車置き場に自転車をしまってくれると、私は傘を渡した。
「もしかしたら、バイト扱いで働けるかもしれないんだ」
「そう、それはよかったわ」
「でも、北海道。俺の目標は二年間で勉強してくること」
北海道、それは遠くて、寒いだろう。でも橘君なら大丈夫だ。もっと大きくなってさらにいい獣医になるに決まっている。
「どうなるか分からないけど、先輩が話しをしてくれるってことで別れたんだ」
「大丈夫よきっと。橘君ならいい獣医さんになれるわ」
「そうかな……不安だらけだよ……じゃあな、ちゃんと風呂入れよ」
橘君は、母親のことも、私が連絡を絶ってしまったことにも触れずに帰ろうとした。
私は、やっぱり謝らなければならない。
「待って」
歩き出していた橘君は、足を止め、振り向いた。
「私の母親のこと、本当に申し訳ありません」
そう言って、深々と頭を下げた。
橘君は黙っていた。
「私にはもう関わらない方がいい。分かったでしょ? 高校生活で隠していたこと。私は、何があっても絶対に二人を許さない。悪魔に魂を売ったっていい。私には幸せは似合わないし、望まないの。私に関わると、橘君まで害が及ぶの。だからもう、出会う前のように知らない人にして下さい。橘君にはよくしてもらって本当に感謝をしています。ありがとう」
「黒川、誰にだって言いたくない過去はある。俺はそれを知りたくないし、知ろうとも思わない。憎しみが生きる糧になっているならそれでいいじゃないか。今、ここに居る黒川が俺の知る全てだ。優しくて、思いやりがあって、繊細で気が弱く、傷付きやすい。俺にとって今の黒川が全てで、両親は関係ない」
「そんな簡単な事じゃないわ、一度捉えたらのみ込むまで話さない蛇のような人達よ。橘君を巻き込みたくないの、だから分かって」
母親はああいったけれど、きっとそれだけじゃない。もっとひどいことを言ったに違いない。それを聞く勇気すらない情けない私は、友達でいる資格はない。
私は、泣かないと決めていたのに、もうそれは出来なかった。でも雨に打たれ濡れている顔はそれを誤魔化すことが出来た。
「もう出会ってしまったんだよ……俺は、黒川がこうして泣いているときも、笑っているときもじっと傍にいられる強い男になっていたい」
そんな優しい言葉をかけてくれる価値は、私にはない。
さらに関わらない方がいいと、強く思うようになる。
「さあ、本当に風邪ひくぞ、入って。またゆっくりと話そう。いいね?」
指で私の涙を拭うと、橘君は帰って行った。
私は、その姿を見て、やっぱり離れよう、同級生でも友達でもなく、全くの知らない人になろう。そう思っていた。
橘君が自転車置き場に自転車をしまってくれると、私は傘を渡した。
「もしかしたら、バイト扱いで働けるかもしれないんだ」
「そう、それはよかったわ」
「でも、北海道。俺の目標は二年間で勉強してくること」
北海道、それは遠くて、寒いだろう。でも橘君なら大丈夫だ。もっと大きくなってさらにいい獣医になるに決まっている。
「どうなるか分からないけど、先輩が話しをしてくれるってことで別れたんだ」
「大丈夫よきっと。橘君ならいい獣医さんになれるわ」
「そうかな……不安だらけだよ……じゃあな、ちゃんと風呂入れよ」
橘君は、母親のことも、私が連絡を絶ってしまったことにも触れずに帰ろうとした。
私は、やっぱり謝らなければならない。
「待って」
歩き出していた橘君は、足を止め、振り向いた。
「私の母親のこと、本当に申し訳ありません」
そう言って、深々と頭を下げた。
橘君は黙っていた。
「私にはもう関わらない方がいい。分かったでしょ? 高校生活で隠していたこと。私は、何があっても絶対に二人を許さない。悪魔に魂を売ったっていい。私には幸せは似合わないし、望まないの。私に関わると、橘君まで害が及ぶの。だからもう、出会う前のように知らない人にして下さい。橘君にはよくしてもらって本当に感謝をしています。ありがとう」
「黒川、誰にだって言いたくない過去はある。俺はそれを知りたくないし、知ろうとも思わない。憎しみが生きる糧になっているならそれでいいじゃないか。今、ここに居る黒川が俺の知る全てだ。優しくて、思いやりがあって、繊細で気が弱く、傷付きやすい。俺にとって今の黒川が全てで、両親は関係ない」
「そんな簡単な事じゃないわ、一度捉えたらのみ込むまで話さない蛇のような人達よ。橘君を巻き込みたくないの、だから分かって」
母親はああいったけれど、きっとそれだけじゃない。もっとひどいことを言ったに違いない。それを聞く勇気すらない情けない私は、友達でいる資格はない。
私は、泣かないと決めていたのに、もうそれは出来なかった。でも雨に打たれ濡れている顔はそれを誤魔化すことが出来た。
「もう出会ってしまったんだよ……俺は、黒川がこうして泣いているときも、笑っているときもじっと傍にいられる強い男になっていたい」
そんな優しい言葉をかけてくれる価値は、私にはない。
さらに関わらない方がいいと、強く思うようになる。
「さあ、本当に風邪ひくぞ、入って。またゆっくりと話そう。いいね?」
指で私の涙を拭うと、橘君は帰って行った。
私は、その姿を見て、やっぱり離れよう、同級生でも友達でもなく、全くの知らない人になろう。そう思っていた。