ピュア・ラブ
「お願いします」
「こんにちは、どうされました?」

久しぶりにみる受付の人は、前と変わらず、そこにいた。
病院を変えよう。そう思っていたのに、やっぱり信頼できる「たちばな動物病院」に来てしまった。

「下痢が酷くて」
「あら、大変。すこしお待ちくださいね」

病院内は静かだった。
午後の診察開始直後だからだろうか、患者はいなかった。
上着を脱いで、畳んでいると、すぐにモモが呼ばれた。懐かしい橘君の声だった。

「失礼します」

顔を上げることは出来ず、昔の様に下を向いている。

「モモが下痢?」
「はい、昨日の夜はまだ緩いかなくらいだったんですけど、今は水のようになっちゃって」
「そうか、ちょっとご飯のあげすぎかな?」
「そう思って、少なくしたんですけど」
「う~ん、鼻水も出でいないから、お腹を壊しただけだね。心音も問題ないから」

お腹を触って聴診器をあて診察してくれている。その顔を久しぶりに見た。

「良かった」
「整腸剤をご飯に混ぜてあげてね。3日分出しておくね。それでよくなるから」
「はい」
「……元気にしていたの?」

私は、答えられなかった。
前の自分に戻したのだ。顔は見ない、話しはしない。今の話しは必要だからだ。

「顔色も悪くないし、いつもの黒川だね」

ぎゅっと口を閉じ、言葉が出ないようにした。
橘君と話しをするようになり、会話が出来る様になった。つい、返事をしそうになる自分を我慢させる。

「俺はちょっと忙しかったんだ。先輩にあったり、研修先の病院で大きな手術が続いたりしてね。家に帰っても寝るだけだったよ。安心した、黒川は変わらないままでいてくれて」
「橘君」
「なに?」
「いつもありがとう」

私は、それを言うのが精いっぱいだった。
モモをカゴに入れると、お礼をして診察室を出た。
診察が終わって待合室に出てもイヌや猫はいなかった。
支払を待っていると、男の人が4人ほど病院に入ってきた。動物は連れていないようだった。
私は、ソファの真ん中に座っていたけど、端に寄って席を譲った。

「すみません」

そう、一人の男の人がいい、「いいえ」と返した。

「黒川さん」
「はい」

受付で、名前を呼ばれ、支払を済ませると、薬の処方の説明を受けた。

「お大事になさってください」
「ありがとうございます」
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