ピュア・ラブ
そんな会話をして、病院を出た。
自転車置き場に行くと、橘君が買って来たバスタオルが入った袋を持っていた。あの雨の日にから、返しそびれていた物だ。

「いけない、忘れるところだったわ。モモ、もう一度戻るわね」

カゴをもう一度、持って、病院のドアを開けると、私の名前が聞こえた。

『なあ、洸。今ここにいた女の人、あの黒川?』
『ああ、会ったのか?』
『あったと言うか、分からなかったけど、綺麗な女の人だなって思って、ずっと見ちゃってさ、受付で名前を呼ばれたから、ひょっとしてって思ったんだ。ほんとに黒子の黒川?』
『おい、そのいい方やめろよ。もういい大人なんだから』
『わりい……』
『彼女、此処に住んでいるらしくて、飼っている猫が患者なんだ。偶然だよ』
『なあ、もしかして、高校の時の賭け。今実行してるとか?』

私は、耳を疑った。賭けとはなんだろう? 

『そうそう、そんなことあったよな。洸が話し掛けても返事をしないから、この中の5人の内、誰か話しかけて、返ってきたら夜飯奢るって。さらに深くなったら、落せってね』
『ああ、そうそう、皆で代わる代わる声をかけたけど、結局誰も返事がなかったんだよな』
『今も、昔もそんな賭けをした覚えはないね』
『よく言うよ洸は。誰よりも声をかけてたくせに』
『でも、相変わらず綺麗だよな。いや、もっと綺麗になってるよ。あれで明るくしゃべれば彼女にしたいぜ』

そこまで聞くと、私は、立っていられなくなった。
ハッと見ると、受付の人が立っていた。まずいと言った顔をしている。私は、咄嗟にシッと指を立てて口の所に持っていった。
持っていた紙袋を少し持ち上げて、ドア前に置く。そして、頭を下げると、急いで自転車に乗って帰った。

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