ピュア・ラブ

2

『自分の価値観で可哀想だと思っていることに気が付いた』

次のはがきはこう書いてあった。
私に向かう言葉で一番多かったのは、この可哀想だった。
私は可哀想なんかじゃない。いつもそう思っていた。周りとつるみ、一緒に居ることがいいことで、一人でいることは可哀想なのかと、怒ったものだ。
お父さん先生から色々と話を聞いた後で、橘君のはがきを何度も読み返すと、また違った感情にもなる。
日増しに人間らしい温かな感情が、私をつつみ穏やかな日を過ごしていた。
送られたはがきをテーブルに並べて読み返す。それも毎日何度も。
はがきの動物はあと何種類あるのだろうか。
そんないい気持ちでいる時に、あの母親がやってきた。
乱暴にチャイムを鳴らし、ドアを叩いた。

「何? 近所迷惑でしょ?」
「茜、茜、お父さんが死んじゃったのよ」
「は? とにかく入って」

家の中に一度も入れたことはなかったが、仕方がない。

キッチンがある所まで入れた。それ以上はモモが怖がる。不思議なことに、モモは二人が来ると、唸ってベッドの下に隠れた。やはり性根の腐った二人のことは、動物にさえ嫌われるのだ。

「お父さんが、死んじゃった……」

あれだけ暴力を振るわれていたのにもかかわらず、これだけ泣けるのだ。どういう感情の持ち主だろう。
だけど、私は、全てを捨ててやり直したい。もう、暗く下を向いた人生はまっぴらだ。

「それで? 私にどうしろっていうの?」
「どうしろって……お父さんよ?」
「どうせ、お酒の飲み過ぎで心臓にでもきたんでしょ? 自業自得よ。それに父親だなんて思ったことは一度もないわ。あの人に流す涙はないの、私はあの人のサンドバッグだったんだから」
「茜」
「あなたもそうよ、母親だなんて思ったことはないわ、この金食い虫。私の猫に言った言葉をそっくりお返しするわ」
「ど、どうしたの?」

いつも話さなく、反抗しなかった私が、反撃に出て、そうとう戸惑っている。この時をまっていたのだ。

「今日だって、報告じゃなくて、葬式代の無心にでも来たんでしょう? 悲しみに暮れる女の演技はさすがだわ」
「……」

私は、ちゃんとまとめてあったノートを引き出しから持ってきた。

「よく見なさい。あなた達が私から巻き上げたお金が全て書いてある。こんなに貰っていないと言わせないために、日付と時間もちゃんと書いてあるわ」

ノートを渡すと、母親は、一心不乱にそのノートを捲った。

「初めは、高校一年の5月。それは、新聞配達を始めて、初めての給料よ。そこからずっと今までのもの。それにここ、ここは、私が、小学校からかかったと思われる、給食費とか。口癖のように言っていたわよね。誰のお陰で飯が食えている。誰のお陰で学校に行けている。って。それをざっと計算しても、十分すぎる程お金は渡したわ。見れば一目瞭然でしょう? 知ってるわよね? 私は、頭がいい事。あなた達なんか私の足元にも及ばないの」
「こ、こんなに……」
「いつもおばあちゃんが私に謝っていたわ。なんであんないいおばあちゃんからあなたみたいな碌でもない女が生まれたの? 世界の七不思議ね」

母親は、ずっと、ノートを捲ってひたすらに数字を追っていた。
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