ピュア・ラブ
「早かったね」

自転車を止めて、カゴを持つと、声をかけられ、ドキッとした。橘君だ。
会ってしまうのは仕方がない。私は、軽く会釈をした。
先日のお礼もしていない私だが、言葉がでなかった。

「モモが退院するのは嬉しいけど、寂しくなるな」
きっと、橘君やお父さん先生が治療を頑張ってくれたのだろう。本当に感謝だ。
お金はたっぷりと持ってきた。カードも用意してある。私には、お金に変えられないかすがいの猫だ。

「受付で診察券を出して、待ってて。今日は患者が多いんだ。熱いとばてるイヌが増えるからね」

イヌは暑さに弱いと聞く。きっと待合室には沢山のイヌたちが待っていることだろう。
私は、橘君に言われたとおり、モモを入れるカゴを持ち、病院の待合室で待った。
初めてみる混み具合だった。
二つある診察室は、どちらも診察中だ。
私は、イヌたちに椅子をゆずり、端の方で立って待った。
だいぶかかりそうだと思いながら、バッグから本を取り出す。
今日は大金が入っている。いつものトートバッグでは、何かと心配で、斜め掛けに出来るショルダーを提げている。
両手が使えると、モモを連れて帰るのにも都合がいい。

「どうぞ、お座りになって」

本を読んでいて声をかけられた。
顔を上げると、プードルを連れた年配の女性が椅子を譲ってくれた。
イヌも飼い主に似てくるのか、プードルのくるくるした毛が、女性の髪形とそっくりだった。
立っているのにも疲れて来た頃だったので、ちょうどよかった。

「もう、帰りますから」
「ありがとうございます」

軽く頭を下げお礼を言うと、空いた場所に腰をおろした。
本に没頭していると、いつの間にか、患者のイヌが減っていた。
譲ってもらった椅子に座ると、隣の会話が聞こえてきた。
どうやら、イヌのワクチン接種をしに来たようだ。病気だけではなく、ワクチンを接種しにきていたイヌもいるのか。私は、病気だけじゃないイヌがいることで、ほっとした。
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