ピュア・ラブ
「黒川 モモちゃん」

橘君の声で診察室から名前が呼ばれる。
私は、カゴを持ち、診察室に入った。

「仕事、忙しかったの? 顔をみせないから」

避けていたとは言えない。体重計にもなっている診察台で向かい合うが、狭い診察室では、距離が近い。

「モモちゃんね、体重が500g増えたんだよ。傷もいい感じになって来たし、昨日シャンプーをしたんだ。そうしたら、元気に鳴いてね。嫌がってた、はは」

猫は水が嫌いだ。きっと、嫌だ、嫌だと泣いていたのだろう。

「やっぱりすごい美人さんだよ。とっても綺麗になったよ、いま連れてくるから」

私は、橘君の言葉にうなずき、緊張しながら待った。
モモはどういう風に回復したのだろう。帰ったら、一週間、私の大人げない感情で、病院に来なかったことを謝ろう。

「はい、黒川。モモちゃん」

橘君はいつものバスタオルにモモをくるみ、片手で抱っこしていた。

「モモ……」

私は、もう座っていることなど出来なかった。
すっと立ち上がり、橘君が抱っこしているモモを奪い取る様に自分の胸に引き寄せた。

「モモ、モモ」

モモは、私が呼ぶとゴロゴロと喉をならした。
シャンプーをしたという体は、凄くキレイになっていた。
真っ白で傷のついている肌でもピンクだと分かるくらいに、綺麗になっていた。

「嬉しいよね。モモちゃん、ワクチンを打っておいたよ。一匹の猫で、室内飼いだから、猫の場合、ワクチンは不要と考える飼い主さんもいるんだけど、モモちゃんは捨て猫だから、せめて一年間は打ってみて。それからは黒川の判断でいいから」

イヌは、接種が義務つけられているが、猫はそうじゃない。
ワクチンのことはパソコンでも調べて知っていた。
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