ピュア・ラブ
「モモちゃんには、これをつけさせてほしい」

そう言って橘君が手にとったのは、プラスチックだろうか? それで出来た円錐状になる物だった。

「モモちゃんは凄く小さいから様子を見て黒川がつけたらいいけど、体を掻いたりするとまた傷を作っちゃうし、薬を塗るから舐めると体に害があるからね。モモちゃんは赤ちゃんだけど、体を舐めたり、掻いたりすることは猫として備わっているからしない様にするためだよ。首のところにぐるりと巻いて、スナップでとめるんだよ」

ああ、そう言えば、イヌがこれをつけて散歩している姿を見たことがある。凄く可哀想だと思ったことがある。
それをモモにつけなくてはいけないのか。一気に気が重くなる。

「可哀想だよね、モモにも体を舐められないストレスがたまるし。舐めないことによって傷が早く治るから、一週間でいいよ、つけといて。頑張れる? 黒川」

橘君は、モモの思いも、私の思いも汲んでそう言ってくれている。本当に優しい。「動物のお医者さん」にぴったりだ。

「わかりました」
「あとこれね、これから避妊手術までのスケジュール。あ、ごめん、避妊希望かな?」

そう言って、診察台の上に、横書きの月と必要なワクチン接種が書いてある書面を出した。
ボールペンで書きこみながら、丁寧に説明をしてくれる。

「はい」
「今、月齢はここ。体重が増えて、4か月に入る前に避妊手術をしよう。動物は大人になるのが早いからね。さかりが始まる前に避妊手術をするんだ。その時は、また説明するよ。
今は、傷を治して、ワクチン接種を優先、いいね」

ため息が出てしまいそうになった。モモはまだ赤ちゃんなのに手術を受ける。なんていうことだ。だけど、飼い主の責任だ、覚悟を持たなくてはいけない。
私のように、男と交際も結婚も望まない女は、当然子供も望まない。だけど、もしかしたらモモはお母さんになりたいと思っているかもしれない。それなのに私は、当然のように避妊手術を希望する。人間とは恐ろしい生き物だ。
モモのこれからは幸せに溢れるように、私が傍にいる。

「じゃあ、退院だ。モモ、寂しくなるな」

そういうと、モモは小さくニャーと鳴いた。自分の命を救ってくれた橘君が分かるのだろう。

「黒川、一週間は毎日消毒に来て。いい?」

私は、頷いた。
通院なんてどうってことはない。モモが私の元に帰って来るのだ。こんなに嬉しいことはない。
橘君は凄い。あれだけ酷い怪我をしていたモモを、ここまでに回復させてくれたのだ。深く関わることはないが、一生の恩人だ。

「お世話になりました。ありがとうございました」

私は、本当に心からそう言った。
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