ピュア・ラブ
「使い方分かる? 機能が満載だと、大変なんだよね。モモちゃんモードだけでも説明してあげようか?」

これは、どうしよう。メカが苦手、教えてもらいたい。でも、これ以上橘君といるのも限界だ。
でも、帰ったらすぐにモモを撮りたい。
私は、撮りたい気持ちが勝ち、教えてもらうことにした。
しかし、橘君の病院はいいのか、診察はどうするのか、それが心配になった。

「今日、病院は休みなんだ。あ、病院は開いてるよ? 親父が診察してる。ずっと休みなしで来たから、小休止。だから、気にしないで」

平日は他の病院で研修をしていると言っていたっけ。土日が実家の病院で診察では、休みも無かっただろう。橘君は頑張り屋なのだ。

「でもね、ここで、問題。充電しないと使えないんだよね。だから、俺の家に行こう」
「え……」
「お、驚いたね。仕方ないでしょ、じゃあ、黒川の家に行く?」

私は、もっと困ってしまった。
どうしようもない混乱の中にいる。今までにないことで、対処が出来ない。
こうして他人と連れ添って買い物もしたことがない。それに、友達が家に遊びにきた経験も無ければ、遊びに行った経験もない。
私が、皆とは違うのだと思ったのは、小学校の1年生になった時だった。
公園で同じ年の子供は幼稚園に行っていて、赤ちゃんしかいなかった。
私は友達との距離の取り方、遊び方が分からなかった。
教室でも輪に入って行くことも出来ず一人だった。この時はまだ友達が欲しいと思っていた。初めて出来た遊ぶ子供。体育の時間や昼休が楽しくて仕方がなかった。
中学年や高学年になり、私の家庭の特殊さを知る。
私は両親が信じられないのだから、他人はもっと信じられないと思い始めた。
多分、記憶にない頃からだったと思うが、父親の躾けと称した暴力が日常茶飯事で、担任の先生はかなり私のことを心配していた。
私に関わると、巻き込んでしまうかもしれない。そう思った私は、全ての世界と通じることを遮断した。
私の世界は、本と教科書の中だけになった。
私は、幼稚園も保育園も行っていない。いや、行かせてもらえなかったのだ。それは多分、通わせるお金がもったいなかったのだろう。
私は、大人しく、子供の頃から本を読むのが好きだった。文字やお絵かきは自分で勉強した。幼いながらも、私は、両親の邪魔者だという事が分かった。
母親はさすがに字が書けないのはマズイと思ったらしく、塗り絵と文字ドリルは買って与えられていた。
入学式でさえもお下がりのトレーナーとスカートだったことを忘れない。
私の味方は、母親の母であった祖母だった。
祖父は,私が生まれる前に亡くなったらしく、仏壇の写真でしか顔をしらない。
祖母は私を哀れに思い、歌や、折り紙を教えてくれていた。
何度も私に泣きながら「ごめんね、茜」と言っていたのを覚えている。自分の娘をどうすることも出来なかった母として、私に懺悔をしていたのだろう。
その祖母が生きていれば、私は、ここまで人間不信にならなかっただろう。だが、その祖母は、小学校入学前に亡くなった。
祖母の形見は、新品のランドセルだった。
そんな私が、家に誘われてしまった。どうしていいか分からない。

「黒川、遠慮することはないよ。家には誰もいないから。親父は診察だしね」

そう言われて、私は、頷いた。
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