ピュア・ラブ
「バイト……してた……いや、なんでもない」

橘君はきっと「バイトをしていたよな」と聞きたかったのだ。多分、橘君のことだ、私が新聞配達をしていることも知っていただろう。高校時代を想い出話に、私と話をしていた橘君でも、そのことに触れるのには躊躇したのだろう。
恥じることはなかった。私自身が生きていく為に働いていたのだから恥ずかしがることはない。それ以上に恥ずかしいことは一つだけ、それはあいつら厄病神だ。
高校でかかる費用は全て私のバイト代で賄った。授業料は成績さえ落とさずいれば、払わずに済んだ。
私学の高校だった為、修学旅行や遠足、生徒会費などが高かったが、毎月の支払ではなかった。そのおかげで金額は無理なく支払えた。
好きなキャラクターの文具や洋服、ハンカチに靴下、下着。自分で働いたお金で遠慮することなく買えた。
少し高く痛手だったのは通学定期くらいなものだった。
私はこんな境遇だが、周りを羨ましいと思ったことはない。それは、そう言う所に自分が望んで生まれて来たのだと思えば、なんてことはなかった。それに望んだ所で手に入れられるわけでもない。
新聞配達も悪い事ばかりじゃない。
不配の為に、余分に入荷してある新聞を貰う事が出来た。
汚さないように新聞の表紙だけ読んでいた私に、販売所の奥さんが夕方ならもう心配いらないから、学校の帰りに取に寄りなさい。と言ってくれ、私は、新聞から知らない世界を知ることが出来た。
英字新聞に、経済新聞、それにたまにだが、特殊な業界の新聞も読むことができた。
それは今でも続いていて、新聞だけは、取りつづけている。
販売所の奥さんは何も言わなかったが、新聞を取り置きして学校帰りによる私に、おやつを用意してくれていた。
新聞屋さんだけに噂で私の家庭のことを知ったのだろう。高校を卒業したときには泣いて喜び、綺麗なネックレスをプレゼントしてくれた。
今でもそのネックレスを着ける度に奥さんの事を思い出すが、過去に戻りたくない自分がいて、疎遠になってしまっている。

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