ピュア・ラブ
お父さん先生は、橘君と並んで台所に立っていた。二人して、あーだこーだと言いながら、私が持ってきたメロンを切っていた。
母親は、父親が仕事でいない時は飲み歩いていた。まともなご飯を食べたことがない。父親が仕事の時は、当然家にはおらず、食事は自分で作っていた。
おふくろの味など知らない。
橘君とお父さん先生が肩を並べて、台所にいてその背中をみると、私には、珍しく、羨ましい気持ちになった。
父親は、母親にも容赦なく、気に入らないことがあると、手を挙げる人だった。
何故、離婚をしないのか、不思議だったが、母親は依存度が高い人で、用は、金に困るのが嫌だったのだ。
貧乏だったわけではなかった。それが分かったのは高校生の時だ。ふとした時、父親の給料袋を見た。タクシー会社に勤めていた父親は、現金支給だった。給料明細を見ると、かなりの金額を稼いでいた。
真面目なのか、不真面目なのか分からない仕事の仕方をしていたのにも関わらず、稼ぎは良かったようだ。
その金は一体、どこに消えていたのだろう。当然、母親の飾り物に消えていたのだ。これだけの給料を貰っていながら、マヌケな母親は、サラ金までに手を出し、借金していたのだ。その返済もあったのか、金には困っていたようだ。
稼げない私にとって、最大の屈辱ともいえる、学校に必要な文房具や積立、給食費を滞納し、学校から手紙をよく渡されていた。
それが父親にばれた時、母親は家中を引きずりまわされ、髪を掴み、それは半狂乱な程に父親に殴られていた。
私は、ざまあみろと思い、助けることなく、布団に入り、本を読んでいた。
ただ思っていたのは、明日の朝、近所の人と顔を合わせるのが嫌だなということだけだった。
「いいえ、これで」
「待って、黒川」
一礼をして、玄関に行く私を、橘君が追ってきた。
「橘君、せっかくの休みなのに、今日はどうもありがとう」
私は、玄関で靴を履くと、橘君に向き直った。
「モモが元気になると、もう黒川に会えないのかな」
それはそうだと思う。偶然から同級生と再会したが、私にとって、それは何も感じないことだった。
学校は友達を作りに行くところではない。勉強をしに行くところだ。私のような境遇の人間でも、平等に与えられた教育、それが勉強だ。
いじめもあったことはないが、そういう目に逢ったとしても、それに向かい打つ刃が必要だ。それが、勉強だった。
出来ることに越したことはない。
常に冷静で、動じない。毎日、怒涛の中で生活していた私にとって、静かに過すことは、この上ない贅沢なことだ。
でも、橘君と出会ってしまったことで、人間のドロドロとした感情が私にも出てきそうで怖い。
嫉妬、怒り、妬み、嫉み。
現に、お父さん先生と台所に立つ橘君を羨ましいと思ってしまっている。
「健康診断くらいには来ると思います」
「うん。あと、近い所では避妊手術だね。二日間入院だからね」
「はい。ありがとう、じゃあ、お邪魔しました」
ドアノブを掴み、押し、ドアを開く。家の中の涼しさとは違い、ムッとした熱風が体を包んだ。
早く、夏が過ぎないだろうか。
暑さには強いと言われている猫だが、モモは、体も本調子ではなく、ご飯の食が進まない。
静かにドアを閉めると、自転車置き場に向かった。
日陰に止めてあったはずだが、日が傾き、日向になっていた。
「熱い」
サドルに手を当てると、熱くなっていた。此処にお尻を乗せたら、すごく熱いだろう。
仕方なく、少し自転車を押すことにした。
アパートへの帰り道、橘君に教えて貰ったデジカメの使い方を、頭で復讐した。
モモの姿を想像しながら歩く道は、暑さも忘れ、楽しかった。
モモを放っておいて、長時間留守にし過ぎた。
サドルを触ると、さっきの熱さは無くなっていた。
私は、自転車に乗ると、急いでモモの待つアパートへと向かった。
母親は、父親が仕事でいない時は飲み歩いていた。まともなご飯を食べたことがない。父親が仕事の時は、当然家にはおらず、食事は自分で作っていた。
おふくろの味など知らない。
橘君とお父さん先生が肩を並べて、台所にいてその背中をみると、私には、珍しく、羨ましい気持ちになった。
父親は、母親にも容赦なく、気に入らないことがあると、手を挙げる人だった。
何故、離婚をしないのか、不思議だったが、母親は依存度が高い人で、用は、金に困るのが嫌だったのだ。
貧乏だったわけではなかった。それが分かったのは高校生の時だ。ふとした時、父親の給料袋を見た。タクシー会社に勤めていた父親は、現金支給だった。給料明細を見ると、かなりの金額を稼いでいた。
真面目なのか、不真面目なのか分からない仕事の仕方をしていたのにも関わらず、稼ぎは良かったようだ。
その金は一体、どこに消えていたのだろう。当然、母親の飾り物に消えていたのだ。これだけの給料を貰っていながら、マヌケな母親は、サラ金までに手を出し、借金していたのだ。その返済もあったのか、金には困っていたようだ。
稼げない私にとって、最大の屈辱ともいえる、学校に必要な文房具や積立、給食費を滞納し、学校から手紙をよく渡されていた。
それが父親にばれた時、母親は家中を引きずりまわされ、髪を掴み、それは半狂乱な程に父親に殴られていた。
私は、ざまあみろと思い、助けることなく、布団に入り、本を読んでいた。
ただ思っていたのは、明日の朝、近所の人と顔を合わせるのが嫌だなということだけだった。
「いいえ、これで」
「待って、黒川」
一礼をして、玄関に行く私を、橘君が追ってきた。
「橘君、せっかくの休みなのに、今日はどうもありがとう」
私は、玄関で靴を履くと、橘君に向き直った。
「モモが元気になると、もう黒川に会えないのかな」
それはそうだと思う。偶然から同級生と再会したが、私にとって、それは何も感じないことだった。
学校は友達を作りに行くところではない。勉強をしに行くところだ。私のような境遇の人間でも、平等に与えられた教育、それが勉強だ。
いじめもあったことはないが、そういう目に逢ったとしても、それに向かい打つ刃が必要だ。それが、勉強だった。
出来ることに越したことはない。
常に冷静で、動じない。毎日、怒涛の中で生活していた私にとって、静かに過すことは、この上ない贅沢なことだ。
でも、橘君と出会ってしまったことで、人間のドロドロとした感情が私にも出てきそうで怖い。
嫉妬、怒り、妬み、嫉み。
現に、お父さん先生と台所に立つ橘君を羨ましいと思ってしまっている。
「健康診断くらいには来ると思います」
「うん。あと、近い所では避妊手術だね。二日間入院だからね」
「はい。ありがとう、じゃあ、お邪魔しました」
ドアノブを掴み、押し、ドアを開く。家の中の涼しさとは違い、ムッとした熱風が体を包んだ。
早く、夏が過ぎないだろうか。
暑さには強いと言われている猫だが、モモは、体も本調子ではなく、ご飯の食が進まない。
静かにドアを閉めると、自転車置き場に向かった。
日陰に止めてあったはずだが、日が傾き、日向になっていた。
「熱い」
サドルに手を当てると、熱くなっていた。此処にお尻を乗せたら、すごく熱いだろう。
仕方なく、少し自転車を押すことにした。
アパートへの帰り道、橘君に教えて貰ったデジカメの使い方を、頭で復讐した。
モモの姿を想像しながら歩く道は、暑さも忘れ、楽しかった。
モモを放っておいて、長時間留守にし過ぎた。
サドルを触ると、さっきの熱さは無くなっていた。
私は、自転車に乗ると、急いでモモの待つアパートへと向かった。