ピュア・ラブ
「こんなとこも」

やっと手を離してくれた。でも、その手は私の鎖骨をさした。
モモを抱っこするとき、モモは私の首筋に上る。首筋と髪の間に顔を埋めるのが好きなのだ。そして、手をモミモミとする。その仕草が可愛く、多少の爪の痛さは我慢していた。

「あ、俺、医者だから。獣医だけど」

きっと、手ではなく、鎖骨という微妙な部分を触るので、橘君はそう言ったのだろう。
私は、前に下がっていた髪を後ろに持って行き、治療しやすいようにした。
橘君の顔が近くにあり、恥ずかしい。
手と同じように軟膏まで塗ってくれた。

「ずいぶんと引っかかれたね。これでよし」

そう言って顔を上げると、私との顔の距離が異様に近かった。

「あ、お、俺、医者だから、あ、獣医だけど。別に、厭らしくは思ってなくて、えっと」

目が合ってしまったことが、恥ずかしくなった。
だから、顔を上げたくないのに、目が合ってしまった。
慌てて言い訳する橘君に悪い気がして、私が先にお礼を言った。

「ありがとうございます」
「あ、いえ、どういたしまして」

そんなことをしている私達を余所目に、モモは大人しく待っていた。

「ごめん、ごめん、モモ。黒川、モモを預かるよ」
「よろしくお願いします」

モモの頭を撫でて手術の成功を祈る。
どうか、無事に終わりますようにと。

「絶対に大丈夫だから、俺にまかせて」
「はい」

橘君の病院に連れて来たのだ。橘君を信じている。
橘君がモモを奥に連れて行く。チラリと見えた手術台。あそこにモモは乗るのだ。
人間でさえ、怖いのだ。モモもきっと恐怖だろう。
家に無事帰ってきたら、モモの好物となった、まぐろの刺身、それもとびきり新鮮なまぐろをあげよう。
来るときには重かったカゴも、帰るときには軽い。
一人が寂しいと思ったことはない私だが、モモが来てからは人恋しいという感情が出てきた。
アパートに1人いる寂しさを考えると、どうしていいか分からなくなる。
仕事も休みだ。きっと、迎えに行くまでの時間も長く感じるだろう。
そう思って、私は、少し憂鬱になった。
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