ピュア・ラブ
コンビニだったら、もっと近所にもあったはずだ。橘君はどうしたいのだろう。診察は大丈夫なのだろうか。
そう思ってはいても、ここまで来てしまったら、歩いて帰るのは辛い。
車は、どこに向かって走っているのだろうか。自転車では来たことがない風景が広がる。
明るい場所は通り過ぎ、道路の街燈だけになっていく。前の景色は暗く、吸い込まれそうで怖い。
海だ。
辺りは暗かったが、月明かりが海に反射して綺麗だ。この海が気に入ってこの土地に引っ越してきたはずなのに、まだ、一度も訪れたことがない場所。
海の駐車場に車を入れ、停車した。
辺りは、一台も車が停まっておらず、ど真ん中に適当に停めても問題なさそうだ。

「外に出たかったけど、肌寒いから」

そう言った橘君は、コンビニの袋から、買ったお弁当を出して、一つを私に渡した。

「お金、突き返しちゃたけど、黒川が気にすると思って。この弁当をごちそうになるよ、いい?」

やっぱり、橘君は気遣いの人だった。
いつでも私は、自分が傷付かないように生きてきた。
物心がついたとき時には既に、しゃべらなくなっていた。
確か、遠い記憶では、小学校に入学したとき、学校が楽しくて、今日の出来事を学校から帰ると、母親に話をした。
「うるさい、おしゃべり」そう言われた。私の家族がおかしいと感じ始めたのもこの頃だ。
祖母が、口癖のように私に「ごめんね」と謝っていたことが、理解できた。
リサイクルショップで買って来た洋服ばかりを着ていた。母親は自分の身なりだけは常に気を配る人だった。それでも臭い洋服を着させられるようなことはなく、一応、母親なりに、気を使った洋服を買って来てくれてはいた。
私の顔は母親にそっくりだった。
母親は、「ハーフなのか」と聞かれるような顔つきをしていた。憎らしく思っていた私でも、綺麗だと思っていた。
だけど、私はこの顔が大嫌いだ。
「男をたぶらかす顔をしている」そう言われたことがあった。私は、全く身に覚えがないことだったが、どうやら私のことを好きな男子がいたらしい。そう言った女子が、告白したが、断られた。その理由が、私だった。
女の恨みは女に向かう。私は、その男子のことも知らないし、告白もされていない。いわれない中傷を受けた。私は、しゃべらなく存在を消していればいいと思っていたが、肉体も消さなければならないのかと思った出来事だった。
そして、存在を消せない私は、立ち向かう強さを身に着けることにした。自分の境遇に悲観せず、身になることのみをする。自分が金を作り、身になる。努力が対価として支払われる国だ。
勉強が身を助ける。
そう信じて、ひたすら勉強をした。自分の時間は全て勉強と共にあった。
「女が勉強出来たって、クソの役にも立ちゃしない」そう言った、教養のない父親の言葉も忘れない。
私の想い出は勉強だけだ。
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