ピュア・ラブ
「お客様、お待たせいたしました、タクシーが参りました」
「ありがとうございます」

フロントマンがわざわざ、私に言いに来てくれた。
深く入り込んでしまうふかふかのソファから腰を上げ、私は、玄関に向かった。
自動ドアがあくと、冷たい風邪が吹き、髪が顔の前にかかる。
タクシーのドアが開いて、名前を名乗り、工場の名前を言うと、「かしこまりました」と言ってタクシーを発進させた。

運転手は走り出すとすぐに、

「今日は風が冷たくて、寒いですねえ」

と言った。初老の男性で、のんびりと仕事をしている風だった。

「そうですね、寒いですね」

と、答えた。
タクシーのメーターは一回更新された料金で工場に着く。
「ありがとうございました」とお礼を言って、タクシーを降りた。
残業を誰もしてない工場は、暗かった。駐輪場はなんとか、電気がついていたが、風の音が、何か出そうな前触れに感じて、急いで、自転車に乗った。
帰りの道は、向かい風で自転車を漕ぐペダルが重い。

「はあ、疲れる」  

履きなれないスカートが、風にあおられて下から冷たい風が入ってくる。
タイツと、オーバーパンツを履いているけれど、やっぱり冬のスカートは寒い。
捲り上がりそうになるスカートを片手で抑えながら自転車を走らせる。
暗い道を通り過ぎると、駅前の大通りにさしかかった。
両側の道は、忘年会の帰りとみられる人が固まって歩いていた。
肩をくんだり、大声で歌を歌ったりして楽しそうだ。
私は、橋を渡ればアパートなのだが、モモのトイレの砂を買うのを忘れていたことに気が付いた。
いつも重いキャットフードとトイレの砂はネットで買って、届けて貰っていたが、うっかりしてしまった。
明日に先延ばしは可哀想だ。それにいつ何が起こるか分からない。
人間の食べ物や日用品は直ぐに手に入るが、ペット用品は後回しだ。私は、自分の非常袋よりもモモの非常事態に備え、余裕の準備を怠らない。
遅くまで開いているホームセンターを目指すため、橋を渡らず、その手前で方向を変える。
風は冷たいが、これだけ一生懸命に自転車を漕ぐと体も温まってくる。
明るい外灯で周りを囲ってあるホームセンターに入る。
店内に入ると、入り口でカゴを持って、天井から下がっている案内表示を見て、ペット用品売り場に向かった。
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