ピュア・ラブ
「はい」

玄関のドアを開けると、私服の橘君が立っていた。いつもの病院着の時より、若く見える。
橘君はブルーのダウンジャケットを着て、黒のマフラーを首に巻いていた。

「ごめん、少し遅くなっちゃって」
「大丈夫、お疲れ様。えっと、どうぞ」
「お邪魔します」

玄関の中に入ってくると、橘君の周りから、冷気が感じられた。
私の家には客用のスリッパはないので、そのままあがってもらう。

「いま、コーヒーでもいれるから、炬燵にでも入っていてくれる?」
「うん」

コーヒー好きの私は、夏に奮発してコーヒーメーカーを買った。
豆をひいて、落すまでを自動でしてくれる物だ。ずっと欲しかったのだ。
橘君が来るまで、コーヒーを我慢していた私は、香りが立ち上ると同時に、リラックスする。
落ちるのを待っているとき、橘君をみると、モモと遊んでいた。
ゆっくりと落ちていたコーヒーも出来上がり、カップに入れる。
トレイに乗せて、持って行く。

「どうぞ」
「お、いい香りだ。ありがとう」
「テレビ、観る?」
「ううん」

点けっぱなしになっていたテレビを消す。
いつもの場所に座って、静かに、二人でコーヒーを飲んだ。

「モモの写真はどう?」
「あ、うん、たくさん撮ったわ。データはパソコンに。あ、そうだわ、レオのもあるの。今度プリントして渡すわ」
「おう、ありがと。レオさあ、寒さも弱くて、ずっとストーブの前に陣取ってるんだ。
黒い毛が焦げないか心配なくらい」

私は、レオを思い出していた。黒光りという言葉がぴったりな程、艶々とした黒毛が印象的だった。私が、隣に座っても、撫でたりしても動じずに寝ていたっけ。

「それでさあ、更に横着になって、ご飯もストーブの傍に持って行かないと、食べないんだぜ? どう思う?」

レオの顔を思い出して、どうしているか想像しておかしかった。きっとレオのことだ、片目だけ開けて、邪魔をするなと訴えているに違いない。
チラリと橘君を見ると、頬がやっぱり紫色になっていた。口の端も切れているようだ。
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