ピュア・ラブ
「あのさ……」

そう言ってから、橘君は次の言葉まで、沈黙があった。
だけど、私は、ずっと待っていた。

「これ、黒川に」

無造作にズボンのポケットから出したのは、小さな袋だった。
その袋は決して新しい物でもなく、時間が経っているように感じられた。
テーブルの上に置かれた小さな袋にゆっくりと手を伸ばす。
その袋を止めてあるテープも黄ばんでいた。
既にテープはしっかりと張り付いてしまって、綺麗にはがれず、仕方なく紙を破く形で、封を開けた。
中から出て来たのは、シーサーのストラップだった。シーサーはリアルな姿ではなく、キャラクター化された可愛い物だった。

「高校の修学旅行の時に買ったんだ。黒川に渡したいと思って……でも、出来なくて……捨てることも出来なくてずっと持ってたんだ」

そう言った橘君は、今までのどの顔よりも真剣な表情だった。
いつもの面倒だからと、返事をしない私ではなく、絶句という言葉があっているような感覚で、言葉が出なかった。
びっくりした、それが正直な気持ちだった。何故、橘君が私に土産など買って来るのか。
担任の先生が、修学旅行から戻り、通常の授業に戻った時、クラスに紫いものお菓子を一人ずつ配った。
きっとそれは、一人残った私の為だったに違いないが、一人だけに渡すわけにはいかない。だから、クラス皆に配ったのだろう。私にはそれが分かった。
高校の修学旅行先は沖縄だった。
担任は、私が参加しないことを薄々感じていたらしい。
高校は毎月の積立をせず、二年になり、旅行代を振り込むというかたちをとっていた。
私は、正直に「行けるお金が出せない」と言った。
バイトを許可してもらっている私だから分かっていたのだろう。担任も残念がっていたが、無理強いはしなかった。
修学旅行に行っているあいだ、学校に行き、自習をした。課題を与えられ、図書室でずっと勉強していた。
その様子を他の先生がみてくれ、なんだか、特別学級にいるようで、楽しかった。
「黒川、社会は厳しく汚い。でも努力は報われる。今、こうして勉強していることは、黒川の為になることばかりだ、決して無駄にならない、いいか? 悲観するなよ?」と言った。
想えば、両親には恵まれなかったが、どうやら学校の先生には恵まれていたようだ。中学と言い、高校と言い、私に親身になってくれる先生ばかりだった。
捨てる神あれば、拾う神ありだ。
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