ピュア・ラブ
「やっぱり、あの本が」
「え? 本?」
「ほら、あれ、モモちゃんとあかねちゃん。俺の勘、当たったでしょ」

テレビ台の下には、気に入った本を入れていた。
その中に、お年玉を貯めて買った初めての本、「ももちゃんとあかねちゃん」が入っていた。
モモを病院に連れて行った時、橘君に見抜かれたようにいわれた。その時は黙っていたが、当たっていた。

「シリーズのどれかに猫が出てくるよね、でも確か、プーと何とかだった」
「ジャム」
「そうそう、そんな名前」

橘君も読んでいたのだろうか。どちらかと言うと、少女向けの児童書に感じていたけれど、そうでもないのか。

「ネコを飼ったら、絶対にモモにするって決めていたの」
「そうか、いい名前だ」

橘君は、モモの顔をいじくりながら、人懐っこい笑顔で、そう言った。
高校の時に、もっと今のように心を開いていれば、橘君と言う人がもっと分かったのかもしれない。
ただひたすらに勉強だけをしていた時。周りとの関係を遮断していた。
進路面談の時、私は、クラスで最後になっていて、担任の先生は私に時間を割いていた。
三年間全て違う先生だったけれど、全ての先生がとても良くしてくれた。
何か高校生活で想い出はあったか。辛いことはなかったか、と気に掛けてくれた。
最後の面談の時は、「辛かっただろうが、バイトをよく頑張った」と褒めてくれた。それはそれで、嬉しかったことを覚えている。
橘君の高校生活はどうだったのだろう。部活には入っていたのだろうか。
色々と聞きたいこともあるけれど、それは胸にしまっておく。私が、聞いても仕方のないことだから。

「ストラップ……使ってくれているんだね」

テレビ台の前に腕時計と一緒に鍵を置いてある。それを橘君は見つけ、指をさした。

「一緒に沖縄に行こう」

私は、びっくりして橘君の顔を見た。彼は、ずっとそのストラップを見つめ視線を外さなかった。

「今でも思い出すよ、見せたかった場所」

そう言った橘君は、遠いところを見るような視線にかわっていた。
何も返事は出来なかった。橘君の考えていること、思いを感じ取ることが出来ない。
私にとっては突然現れた同級生。「今」の中だけに生きている私にとって「過去」の彼は存在しなく、今初めて知り合ったという認識しかない。
どう返すべきか考えていると、自然と時間は流れた。

「夜なのに女の人の部屋に来ちゃってごめん」

沈黙を破ったのは橘君だ。
そうか、私は、全くそんなことを気にも止めていなかった。

「黒川さ、警戒心が強い癖に、こういう所無防備なんだよな、なんだか心配」

本当だ。関わりを持ちたくない為に、人を警戒しているのに、橘君をすんなりと家にあげてしまっている。
私は、橘君を前に、警戒を解いてしまっていた。
橘君の屈託のない笑顔と人当たりのいい雰囲気を見ていると、本心を見せず、表情を表に出さない自分が恥ずかしくなる。
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