あの時の恋にはさよならを、目の前の恋にはありったけの愛を。
彼女の身体がどんどん消え掛かっていく。それが、タイムリミットはあと僅かだという事を示していた。
「敦くん、本当に今日はありがとうね。おかげでやり残した事がなくなっちゃった。……本当に、楽しかった」
「……うん。楽しかった」
自由すぎるくらい自由な彼女に、色々なところへ連れて行かれた。
だけど、それは苦ではなかった。退屈もしなかったし、昔と変わらない彼女といられたことが奇跡みたいだった。本当に、楽しかったと思う。
そんな俺の返事が嬉しかったのか、彼女は隣で満面の笑みを浮かべていた。
「……敦くん、最後に一つだけ」
「なに?」
「ゆっくり、瞼を閉じて」
俺は、言われた通りにゆっくりと瞼を閉じた。その瞼の上から、彼女の細い指が瞳を覆ってくる。
「私と、今日この世界で出会った記憶は消えてしまう事になる。あやふやに残っていても、私の事はもう思い出そうとしないでね。思い出そうとすればする程、私は記憶から掻き消されていくから。そして、思い出せないもどかしさに敦くんが苦しんでしまうから。どうか、無理には思い出そうとしないで」