【眠らない森】短編
ーーーほら、あそこをご覧なさって。あそこ、赤じゃないでしょ?
老婆の真っ赤な手が差す先に目をやると、確かに赤ではなく緑色した一本の木があった。
ーーーー珍しい。赤に染まっていない木もあったんですね。
僕はただ見たままの感想をつたえた。それは本当に僕が知るただの緑色した木だったから。
ーーーええ、唯一ですわ。あそこだけまだ染まってませんの。何故だかお分かりになる?
老婆はその年齢に似つかわしくない妖艶な笑顔を浮かべると「さあ?」とだけ答える僕に一歩近づき言った。
ーーーあそこにはまだ埋まってませんのよ。
そう言いながら一歩、二歩とゆっくり近付いてくる老婆に僕は身動きが取れなくなる。それはまるで催眠術にでも掛かったかのように。
ーーーあなた、この森に随分と興味をお持ちの様なのでお教えしましょう。
「特別ですよ。」と言いながら老婆の赤に染まった手がゆっくりと僕に向かって伸びてくる。
ーーー人の血をね、吸ってるんですよ、あの木たちは。あの下に埋められた人の血を。
なんて美しい赤なのでしょう。
そう思わない?
ただ、気に入らないのはあの一本残った緑の木。
丁度良かったわ。
これで、やっと赤の森はーーーー