青と口笛に寄せられて
彼らの会話を聞いていた泰助さんが、キッチンの方から
「俺も聞きたいな」
と少し声を張り上げた。
「ずっと弾いてなかったしょ、ピアノ。たまにはみんなに聴かせてやってもいいんでないか、啓」
「…………泰助さんがそう言うのなら」
ずっしり重いであろう腰を上げた啓さんが、ため息をつきながら電子ピアノのイスに腰かける。
彼が犬ゾリに乗るときに時々奏でる口笛。
あの曲はちゃんと存在しているんだ。
ちょっとワクワクしてしまった。
ピアノの周りにみんなが集まる。
最前列を陣取って、政さんと隣同士で彼の手元を見つめる。
ゆっくりとピアノの鍵盤に両手を置いた啓さんが、そっと、静かに、曲を弾き始めた。
曲の出だしを、私は知っていた。
啓さんが口笛で奏でるフレーズと一緒。
手が鍵盤の上を滑る。
大きくて綺麗な指が、しなやかに動く。
ゆったりとした曲調から始まり、少しずつ音が増えていく。
私はピアノを習ったこともなければ、クラシックにも興味を持ったこともない。
どちらかと言えば疎い方。
ドラマでそういうのを扱った話を見たりしたことはあるけれど、知識としては乏しい。
だけど、そんな素人の私でも「優しくて綺麗な曲」と感じた。
ピアノを弾く啓さんの表情も、穏やかで、どこか色っぽい。