青と口笛に寄せられて
6 札幌観光計画と、夜空と、カイ。
井樋啓次郎という人は。
あまり朝は得意ではないらしい。
でも、時間になると寝ぼけ眼でいつものトレードマークみたいなブルーのダウンジャケットを着て雪かきをしている。
さすがに道産子なだけあって、寒さにはものすごく強い。
私が「もう限界!」と思う寒さになっても平気な顔をしているし、たまにネックゲイターを外して息を吐いて、白い塊が宙を舞うのを楽しそうに眺める。
基本的にムスッとしていて、素っ気ない返事をするけれど。別に機嫌が悪いってわけではないということはもう十分すぎるほどに分かっていた。
相変わらず無条件に笑顔を向けるのは犬にだけ。
とろけそうな笑顔で彼らを可愛がり、しかしトレーニングの時はなかなか厳しい顔を見せる。
彼曰く犬たちはペットとして可愛がるのではなく、あくまで犬ゾリ犬として可愛がっているらしい。
アメとムチを使い分けるんだそうな。
ペットならばアメだけでもいいんだって。
犬を飼ったことのない私にはよく分からない世界だ。
「…けど深雪みたいなヤツにはアメどころかムチだけでいいべな。どんくさいし」
そう言って啓さんはさっさと先に1人で行く。
並んで歩くことなんてほぼ無い。
私は金魚のフンみたいに彼の後ろを追うだけ。
その通り、どんくさいがために何もかも後手後手になるので、先回りして啓さんが必要としているものを用意したり出来ない。
しっかり用意してくれているのは麗奈さんだ。
大雪の日に家に戻るとバスタオルを準備してみんなを待っていてくれる。
調子の悪い犬がいると動物病院に連れていくために車を暖気して暖めてくれている。
雪かきが必要のない日には、朝が苦手な啓さんに「今日は遅く起きて大丈夫よ」と声をかける。
私には出来ないことを、麗奈さんはすんなりやってのける。
私って、私って、私って。
彼女に勝る要素は、限りなくゼロに近い。
いや、ゼロだ。