青と口笛に寄せられて
走り去っていったバスを見送った私に、ダークブラウンのダウンジャケットの男性が心配そうに声をかけてきた。
「滝川さん、大丈夫ですか?私が犬ゾリをすすめたせいで……申し訳ない」
「いえ、いいんです!逆に楽しもうって吹っ切れました。私には時間が有り余ってるんです!だからやりたいことはやりたくて。ね、カイ」
いまだに私の足にスリスリするカイに手を伸ばす。
カイはその手を、ペロッと舐めた。
あ、笑った。
カイの顔を見てそう思った。
犬は飼ったことがないけど、何故かそう思ってしまった。
犬も笑うんだな、と。
「なかなか面白い人ですね。あ、もしかして宿とかもとらないで旅行してます?」
ハーネスの緩みを確認した彼が、カイを連れて歩きながら聞いてくる。
チラリと左手を見ると、薬指に指輪をしていた。
ふむふむ、40歳くらいだし、結婚しててもおかしくない。
むしろ結婚してなきゃおかしいほど、優しい雰囲気を持ち合わせた素敵な人だと思った。
雑念だらけの頭で質問に答える。
「もともと思いつきの旅行だったんで……。紋別に来たのも、流氷でも見に行くかーって感じで適当に……。でもトイレ行きたくなっちゃって、それでここで降りたんです」
「あ、そうなんだ。明日犬ゾリ体験するなら、うちに泊まったらどう?宿もやってるから。たぶん、ひとつかふたつ、部屋も空いてると思うし」
「か、か、神様…………」
「え?」
ちょっと驚いたように表情が固まったその人の後ろから光がさして見える……気さえする。
心が寂しい女にとって、優しくされることほど嬉しいことはない。
北海道の人ってみんなこんなに優しいのだろうか。
犬ゾリで助けに来てくれた人も、
「よく頑張ったな」
って頭を撫でてくれたんだ。
あの言葉、けっこう私の中では重大な響きを持っていた。
まるで東京で辛いことがあった私を、励ましてくれているみたいな感覚になった。