青と口笛に寄せられて


啓さんは犬ゾリに乗ると口笛を吹く。
以前、電子ピアノで弾いてくれたシベリウスのフィンランディア。
あの曲が気に入ってしまった私は、携帯の音楽サイトで寝る前に必ず聴くようになった。
物静かで、優しく、少し切ない旋律。
ふんわり耳に馴染む音が、1日の疲れを癒してくれるような気がしていた。


左腕につける腕章型の名札は気づけば私が啓さんのをつけるようになり、彼もまた、私の名札をつけるようになった。
毎日夕方から行われる訓練犬のトレーニングに、私も同行するようになった。
前よりももっと、笑ってくれるようになった。


それだけの変化が、私にとっては嬉しかった。









4月。


犬ゾリのシーズンが終わり、3月までとは打って変わった穏やかな毎日が訪れていた。
もちろん雪はまだまだあるけれどドカ雪が降ることはほとんど無くなってきて、気温もだいぶ暖かくなってくる季節。


まだ犬ゾリ体験をやっていると思い込んでいるお客様から予約希望の電話なんかが来たりするみたいだけど、3月で終了していることを伝えるとガッカリするんだそう。
そりゃそうだよね、やったみたかったんだろうから。


春になって体験ツアーが終了したら、私たち従業員はどんな仕事をするのだろうと思っていたけれど、それなりにやることはあった。


毎日の犬たちのソリ引き訓練はもちろん欠かさない。雪が解けてしまったら、ソリではなく車輪のついた台車を引いて訓練する。
犬たちの体がなまってしまわないように、冬の繁忙期シーズンとあまり変わらないくらいの運動量を求められるらしい。
というのも、雪が解けたら今度は犬ゾリ犬たちのお世話を簡単に体験できるツアーが開催されるというのだ。
冬季期間と、それ以外の期間とで、体験ツアーの内容が変わるらしい。
他にも、乗馬体験や牛の乳搾り体験、チーズ作りなど。
大自然ならではの体験が出来るというわけだ。


なるほど、冬以外にどうやって稼ぐのかと思っていたら、そういうことらしい。
しかもそれは意外に人気があり、冬ほどではないにしろけっこうな盛況ぶりを見せるという。
もちろん、宿の方も継続。


商売は繁盛している。


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