青と口笛に寄せられて


「でも調子乗って1人で勝手に歩かないようにしなきゃ。自他共に認める方向音痴なんで……」


そういえば、つい2時間ほど前に遭難したという事実を思い出す。
たくさんの人に迷惑をかけてしまった。
暗い気分になりかけたけれど、泰助さんは大して気にしていないかのように笑っていた。


「滝川さんみたいな人は多いから、みんな慣れてるよ。あれは遭難の内には入らないから大丈夫、大丈夫」

「そうでしょうか……」


苦笑いを返して、窓の外を眺める。


雪に埋もれた木々と、真っ白な道路。
車線なんか見えやしない。
道路の脇には高い高い、雪の壁。
除雪が積み重なって出来た壁だろう。
東京では絶対に見ることのない光景。
1センチ雪が積もっただけでもニュースになる東京と、雪が降るのが当たり前の北海道。
知らない世界に来たみたいだった。


どれくらい車を走らせただろうか。
辺り一帯は暗くなっていて、車もいつの間にかヘッドライトをつけて走っていた。


オレンジ色の灯りがいくつも浮かび上がる場所に辿り着き、「着いたよ」と泰助さんに声をかけられた。
トランクを開けてもらって、キャリーケースとリュックを取り出す。
暗い空間に、私の白い息が浮かぶ。


車の中から見えたオレンジ色の灯り。
それはどうやら泰助さんが経営していると言っていた大きな民宿の灯りだったようだ。
レンガ造りの立派な建物がドンと建っていて、少し離れたところにそれよりは小さめの、それでも普通の家の一戸建てから考えたらかなり立派な家。
こちらは泰助さんの家だろうか?


まだ奥にもいくつか建物があったけれど、私のいる場所からは暗くてよく見えない。


「宿に案内する前に妻に君のことを紹介するよ。宿の方は、実質妻がほとんどのことをやってるからね。この時間なら、たぶん家の方にいるかな」


カイを連れたまま、泰助さんが宿ではない方の建物に向かう。
私はキャリーケースをどうにか持ち上げて彼について行った。
車の暖房で温まったせいか、感覚の無くなっていた足首がズキン、と痛んだ。


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