青と口笛に寄せられて
「啓くん、お客様なんだから敬語、敬語」
泰助さんの隣に立つ奥様らしき女性が、腕を組んで学校の先生みたいな口調で注意する。
ハイ、とやる気のなさそうな返事をして、ようやく彼はゴーグルを顔から外した。
その顔を見て、私は息を飲んだ。
「ワン!」と吠えながらカイが尻尾を振って彼の周りをくるくる回る。
カイのリードを手に巻き付けた彼は、
「犬舎にカイを戻してきます。お客様、ごゆっくりお過ごし下さい」
と、やや機械的に私に言ったあと雪が降りしきる外へ、カイを連れて再び出ていった。
バタンとドアが閉まってから、先ほどの女性が笑顔で私に近づいてきた。
「話が途中でごめんなさいね。それで、ここまで来ていただいた滝川さんに提案があるんです。宿ではないんだけど、この家の従業員用の部屋がひとつ余ってるの。よかったら今日はそこを使っていただけたら〜って思って。申し訳ないんだけど、どうでしょう?」
「い、いいんですか?ご迷惑じゃないですか?」
まさかのありがたい提案に、正直本気でホッとした。本当に野宿しなきゃならないんじゃないかって思っていたから。
「もちろん。こちらの手違いだもの。手厚くもてなします!宿泊料も、通常の半額で大丈夫ですから」
「か、か、神様…………」
思わず両手を合わせて拝むと、女性は面白そうにお腹を抱えて笑っていた。
なんで笑ってるんだろう、と不思議に思っていると、泰助さんが「ほらな」と楽しげに笑みを浮かべる。
「面白い子だべ?」
「えぇ、ほんとに」
女性は私のキャリーケースを家の中に上げてくれて、そして続けた。
「私は手蔵裕美。宿の方の責任者やってます。滝川さん、短い時間ですがよろしくお願いします。さ、どうぞ中へ入って」
「あ、はい!」
泰助さんと、裕美さん。
素敵なご夫婦だな、と心底思った。