青と口笛に寄せられて


まだ日差しが出ている中、倉庫の外に出ていた台車を引きながら訓練用のコースに向かって歩いていると、後ろから啓さんの呼ぶ声が聞こえた。


「深雪、それ終わったら竹下さんが呼んでたからそっち行って」

「はーい」


返事をした私は、啓さんがそのまま引き返して戻っていくと思っていたのだけれど、彼は戻らずにこちらへ小走りで近づいてきた。


「たまには2人で行くか、トレーニング」


予想外の申し出に、自然と頬が緩んだ。
思えば啓さんと2人きりになってゆっくり話せるのは、かなり久しぶりだ。
麗奈さんが辞めてからというもの、従業員全員、身を粉にして働いていたため2人きりになるチャンスもほぼ無かった。


「啓さんとこうして2人になったの、久しぶりですね」

「忙しすぎて、予定外に色んな仕事をやらせて悪かったわ。もう俺だけじゃ手が回らなくて」

「こんな私でも任せてもらえて嬉しいんですよ」

「やむを得ず、だべ。どんくさい姿を遠目で見てヒヤヒヤしてんだわ、こっちは」


なんと、甘い雰囲気になるかと思いきや。早速毒づいてくるとは。
そういえば啓さんはもともとこういう人だったんだ。
忘れていたわけではないけれど、彼女になった私と従業員として下っ端の私、しっかりと区別しているということか。


「まだ新しいスタッフの応募は来ないみたいですね」


サッと吹き抜ける風が頬を撫でる。
私の言葉を流していくように、湿気の少ない風が心地よく吹き続けた。


「このまま冬に突入したらパンクするべな。いつもはウィンタースポーツのインストラクターでいなくなる政に、残ってもらうように頼むくらいしか手立てはないな。たぶんあいつなら残ってくれるとは思ってるけど。…………あ、こっちはどうだ?昨日までの走りで気づいたことは?」

「コウタとマリアは問題無いです。サンとカイはまだ時々気まぐれなところがありますけど、声をかけると直ります」


業務連絡、とばかりに訓練犬の報告を申し送っていると、啓さんは満足そうに微笑んだ。
「ちゃんと見れてるな」と、どこか嬉しそうに。


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