青と口笛に寄せられて
え?
そこにいる啓?
ゆっくりと泰助さんに向いていた顔を、そーっとそーっと正面に座る井樋さんに向ける。
不機嫌そうな表情の彼が視界に映った。
「そっ、その節はっ!助けていただいてありがとうございました!!」
ええーーーっ!!
もっとオジサンだと思ってたあ!
こんなに若い人だったなんて。
テーブルにおデコがひっつくほど頭を下げて、全身全霊を込めて気持ちを伝える。
「あれ、あんただったのか」
彼も遭難者が私だとは気がついていなかったらしい。
少し意外そうな目をしたあと、フッと鼻で笑った。
「これに懲りたら身の程をわきまえて動くんだな、素人さん」
「う……。はい……」
悔しい。けど、言い返せない。
東京で私の身に降りかかった、虚しくてショッキングな出来事。
あれをここで説明して言い訳する気にもならなかった。
あの出来事のせいで、社会人になって叶った念願の一人暮らしのアパートも、仕事も、そして恋人も。
全部全部、自分から手放した。
もういらない、って。
だけど、少しだけ後悔している自分もいたんだ。
怜と山田の現場に居合わせて、泣きわめくこともせずに冷静に別れを告げて出ていった自分。
奴らのいる会社になんて行けるもんか、と苦労して正社員として就職した会社を退社した自分。
奴らが愛し合った部屋にこれ以上住めない、と思って引き払った自分。
社会人として頑張ってきた自分を全否定したみたいで、悲しくなったのだ。
それを憂いて、ただただ1人で泣きたくなって。
フラッとはぐれてしまった。
結果、遭難。
あぁ、やっぱり正真正銘の自業自得だ。