青と口笛に寄せられて


その後。
ビールを4杯、北海道産の日本酒(たぶん恐ろしく高価なやつ)を何杯か飲んだ。
日本酒に至っては、本当に何杯飲んだか記憶にない。
すごいな、私ってお酒に強かったんだ。
まるで他人事のように思った。


会社を辞めてから、お酒を飲むことがなかった。
それまでは一人暮らしのアパートの冷蔵庫に缶ビールを常備していて、1日1本って決めて飲んでいたけれど。


どれだけ飲んでも、なかなか酔えなくて。
もっと酔いたい。
酔っ払って、記憶をなくしたい。
出来ることなら、東京でのことを忘れ去りたい。
自分の中でとめどなく溢れてくる感情を、拭い去ることが出来ないっていう情けない私。


「滝川さん、お酒はストップ!飲みすぎ!お風呂も明日にして、今日は寝なさい。ね?」


旅先で調子こいて飲みすぎちゃったかな。
裕美さんのひと声で我に返って、「はい」って返事をした。


気づけば私と手蔵夫妻と井樋さんしか、リビングに残っていない。
井樋さんはキッチンの方で泰助さんと洗い物をしているようだった。


「東京で嫌なことでもあったの?」


探るような、慰めてくれるような、そんな声で裕美さんが私の顔を覗き込んでくる。
この人には嘘がつけないや、と思うほどに、彼女の目は澄んでいる。
私もこんな風に凛と出来たなら良かったのに。


「あは……、傷心旅行ってやつです。色んなことから逃げてきたんです。人間失格なんです」


綺麗に片付けられたテーブル。
その1点をぼんやり眺めてつぶやくと、どこからともなくコップが私の前に置かれた。
顔を上げると、井樋さんがお水を持ってきてくれたのが分かった。
彼の顔は、相変わらずムスッとしたものだった。


「ありがとうございます……」


お礼を述べて、そのお水を何口か飲む。
私の一挙手一投足を、手蔵夫妻と井樋さんが見ているのが手に取るように感じた。
バカな女って思われているかもしれない。


それでも、私のことを誰も知らないこの土地で。この場所で。
震える声で絞り出した。


「東京に帰りたくないんです。居場所が無いんです……」













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