青と口笛に寄せられて
下り坂を経てかなりのスピードに到達したソリが、急カーブに差しかかる。
いつ体を倒せばいいか、素人の私には迷いが生じて胸がハラハラした。
それを知ってか知らずか、頭上から井樋さんの声が降ってきた。
「今だ、倒せ」
はい、と返事をする余裕は無く、でもしっかりと体を右に倒す。
ザザザッというソリと雪が絡む音が聞こえたけれど、あっという間にカーブを抜けたソリは再び直線の道へ出た。
しばらくカーブは無さそう。
少しのドキドキ感と、ハラハラ感。
それがまた心地よくて不思議。
ソリが雪の上を滑る音が、耳に馴染んできてくすぐったい。
あ、ヤバいなー。
楽しい。楽しすぎる。
昨日は味わえなかった、犬ゾリの楽しさ。
それを身をもって体感している。
痛いくらいに全身に浴びる冷たい風も、スピードを上げる犬たちの姿も、振動を直に感じる体も、呼応するように熱を帯びる気持ちも、よく通る井樋さんの声も。
全てが私の中に溶けていく。
東京にいたら絶対に感じることの出来ない、自然と生物が作り出す疾走感。
これはクセになりそうだ。
もうどれくらい走ったか分からない。
時計も持ってきていないし確認する術はなかったけれど、たぶんけっこう時間は経った頃。
井樋さんが今までとは違う指示を口にした。
「イージー!イージー。…………ウオー」
それに合わせて犬たちが徐々にスピードを落とし、ゆっくりと走るのを止めた。
私がキョトンとして操縦していた井樋さんを見上げる。
それに気がついた彼は、ソリを降りると「休憩しよう」と私の体に巻きつけていたベルトを外した。