青と口笛に寄せられて


自分の足首を見下ろしてガッカリしていると、タンブラーを口に運びながら井樋さんが「あのさぁ」と話しかけてきた。


「あんた東京に帰りたくないとかなんとか言ってたけど、何かひとつでも自分の力で生きがいを見つければ悩みなんて大したことないって思えるようになるよ。それを見つけようとするかしないかが人間の価値を決めると思うけどね、俺は」

「生きがい……」


彼がそんなことを言うのは意外だった。
あまり他人のことには興味を持たないタイプだと思っていたから。
励まそうとしているとか相談に乗るとか、そういうことじゃなくて、単に彼の考えを私に伝えてくれているのだ。


東京に居場所を見つけられない私。
見つけられないなら、それを塗りつぶすほどの生きがいを探すといい。
そういうことだ。


「案外いいこと言いますね……」

「今さら気づいたか」

「ふふふ」


思わず笑みがこぼれる。
ごく、自然に。


あれれ。
なんか自分の悩みが何だったのか、どうでも良くなってきたな。
この土地での濃密な時間が、私の心を晴れやかにしてくれたってことは確かなこと。


辛い時こそ、笑って乗り越えてきたじゃない。


「楽しいことしたいな!笑って過ごせるような、そんなこと」


青空に向かって両手を伸ばして、体全体の凝りを解す。
寒いし、風も冷たいんだけど、ものすごく気持ちがいい。


「もうやってるしょ。あんた今、楽しそうだよ」


井樋さんはそう言って、私が「え?」と聞き返したのには答えずに犬たちのところへ行ってしまった。


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