青と口笛に寄せられて
あまりにも突然だったし、こんな短い時間で自分の意識が変わるなんて思ってなかったから、自分でも驚いているくらいだ。なおさら他人から見たら、なんて女だと思われていたりして。
「ご迷惑をおかけするとは思いますが、精一杯頑張ります!」
「ふふ。よろしくね」
「…………あの〜、聞いてもいいですか?」
「うん。なに?」
麗奈さんの真っ白な陶器のようなスベスベ肌を羨望の眼差しで眺めつつ、彼女に尋ねてみる。
「麗奈さんはここで働いて長いんですか?」
「あ、えっとねー、何年になるべ。22歳で大学卒業してからだから……、もう6年かな?」
「6年か〜。もともと北海道の方ですか?」
「うん。ここで生まれ育ったの。ここは最初、私の父が経営してたんだわ。でも10年前から体調崩しちゃって、当時従業員だった泰助さんにバトンタッチしたってわけ」
そうなんだ!
まさかの事実をさらりと聞いてしまったような。
麗奈さんのお父さんの体調がその後良くなったのかどうかとかも気になったけれど。
万が一良くなってなかったりとかしたら気まずくなるから聞かなかった。
彼女はあっけらかんとした様子で言葉を続ける。
「私は大学で栄養士の資格とか調理師免許を取得して、それで主にここの厨房を請け負ってるの。犬ゾリは手伝い程度。基本的にはお宿の方にいるから、何かあったらいつでも声かけてね」
「ありがとうございます」
優しい。麗奈さんってすごい優しい。
美人な上に性格もいいってなかなかいませんよ。
この人みたいになれたなら、私も怜に浮気されなかっただろうな……。
なーんて。過去の話はもうええわい!
ついでに聞きたいことは全部聞いちゃおう。
そう思って、コーヒーをひと口飲んで喉を潤したあともうひとつ聞いてみる。
「井樋さんも……けっこう長いこと勤めてるんですよね?なんていうか……27にしてベテランぽいっていうか、強めっていうか、口が悪いっていうか、怖いっていうか」
「あぁ、啓ね。啓はね……。………………あ、おはよ」
答えようとした麗奈さんが顔を上げて私の後方へ視線を送る。
その動きがやけに気になって、私の背後に誰かがいるんだということだけは察知できた。