青と口笛に寄せられて
その日の仕事終わりのこと。
犬舎でセカセカと片付けをしていた私に、少し離れたところで作業する啓さんが話しかけてきた。
「深雪ってさ、東京に彼氏とかいるのか?」
「えっ!?」
今までちっとも私の色恋沙汰のことなんて気にも留めてなかったくせに!
何を急に聞いてくるのかと思ってビックリした。
そして、モゴモゴと口の中で小声でつぶやく。
「いたら住み込みでなんて働きませんよ……」
「え、なに?聞こえない」
煩わしそうに眉を寄せて、啓さんは立ち上がると私のそばまでやって来た。
彼は聞こえなかったり自分の納得する答えが帰ってこないと、こうやってわざと近づいてきてきちんと答えるまで耳をそばだてる。
その性格は1ヶ月で学んだ。
深くかぶっていたニット帽を少し上げて耳を出して、人差し指で指しながら「聞こえるように言ってくれない?」と平然と言う。
「だーかーら!残念ながらいないんですっ!」
「あっそ。残念でも何でもないけどね」
「そうでしょうね〜、啓さんにはあんな美人がいますもんねぇ」
「なんのこと?」
あえて彼の聞き返しは聞こえないふりを決め込んで、一番奥の檻に入っているカイに視線を移す。
カイはキラキラした青い目をこちらに向けて、クンクン鳴いていた。
「急にどうしてそんなことを聞いてきたんですか?」
「あー……、ほら、朝に話題になったしょ。政のこと」
「それとこれと何の関係があるんですか?」
妙に歯切れの悪い啓さん。
いつもの彼とは違う答え方のような気がして、どうも胡散臭い。